071:誘蛾灯(葉佩・皆守)

「虫ってさ、灯りに寄って来るだろ?」
「そーだな」
「あれ、ほんとは違うんだよ」
「へえ」
「虫はね、上から光が当たる状況しか知らないんだ」
「あ?」
「昔は街灯なんて無かったから」
「ああ」
「だから、灯りに寄って来るのは迷っちゃった虫なんだよ」
「ふーん」
「そっちが上だと思って飛ぶから、方向が分かんなくなっちゃう訳さ」
「ほー」
「で、同じ所をぐるぐるしてんの」
「お前みたいだな」
「は?どこが?」
「分からないならいい」




072:喫水線(皆守・子供葉佩)

十歳の年の差という事実を巧く理解する為に、自分の周辺で十歳ほど年の離れた知り合いを探してみる。最初に浮かんだのは、正体不明の探偵(自称)だった。出会い頭に「おっさん」と思いっきり言い放った自分を思い出す。

「ん?どーした皆守」
「何でもない。ちょっと過去の自分に殺意が湧いただけだ」
「そっか」
「なあ葉佩」
「なに」
「俺はもうおっさんか」
「もうっつーか、○年前からおっさんくさかった」

皆守が俯いて膝を抱えた。葉佩が不思議そうに見ている。もしかしたら、葉佩はこんな感情を永遠に理解する事は無いのかも知れない。生きた年月を恥じるなど、きっと。




073:煙(子供葉佩)

葉佩が目覚めた時には、皆守は出かけていた。一人分の食器が、水切りの上に伏せられている。灰皿には三本のラーク。
皆守が、いつからあの甘い香りを捨てたのかは分からない。目を閉じて、彼の残り香を探してみる。苦い煙の匂いが、微かに鼻腔を刺激した。ほんの少しだけ安心する。彼は、確かに此処に居た。そして、自分はまだ彼の香りを憶えている。ざわめく甘さも、優しい苦さも、まだ思い出せる。
誰も居ない部屋で、ソファに足を乗せて膝を抱える。休みが重なるという幸運は、そうそう頻発する現象ではない。皆守の一人ぐらい、養えるのに。男の矜持だとかそんなくだらないものを、まだ彼は気にしているのだろうか。逸れてきた思考を、散らかしたままにして目を閉じる。
出会った頃の彼を思い出し、その甘さを思い出す。不意に、あの甘さが恋しくなった。彼の口元を飾っていたあのパイプは、今どこにあるのだろう。捨てたのだろうか。もう二度と戻らないのだろうか。湧き上がった焦燥は、恐怖にも似ていた。




074:合法ドラッグ(皆守・葉佩)

 この国では合法なんだと言って、葉佩が紫煙を吐き出した。虚ろな目で床に寝そべった葉佩は、それでも懐の銃を手放さない。不穏な気配を察知すれば、酔ったままでもその体は正確に攻撃と防御を行う。そんな奴にとって、酩酊とはどれほどの意味があるのだろう。
 軽い酩酊感が得られると聞いていたそれを、一口だけ吸ってみた。視界がぐらりと揺れて真直ぐ歩けなくなった。吐きそうになったので、壁に掴まりながらトイレに向かう。だが到達できず、床に突っ伏したまま動けなくなった。吐き気だけが頭の中でがんがん回り、体を縦にしても横にしても気持ち悪い。
 そんな俺を愉快そうに眺めて、なんだよ間接キスでそんなんなっちまったのかよみなかみーなどと笑う奴を、次こそは絶対に信じるものかと固く決意した。




075:ひとでなしの恋(皆守)

『コスタリカに行ってきました。
現地で知り合った友人を同封します。
名前はコォタロです。
天敵は鷲なので気を付けてあげて下さい。
貴方の《宝探し屋》より』

小包の中身はミツユビナマケモノ。
見詰め合う皆守とコォタロ。
朝、目が覚めるとそこにはコォタロ。二度寝に沈む。
昼、食事の後の一服中にコォタロと目が合う。寝そべるとくっついて来る。
夜、自分の腹を枕に眠りこけるコォタロ。悔しいので枕返し。
・・・何か芽生えたらしい。




076:影法師

ふと、日常の隙間で「あいつ今どうしてんのかな」などと考えて、もう一度ふと我に返って「ああ、あいつはもう死んでるんだ」と思い出す。そんな事の繰り返しだ。もうどこにもいないと分かっているのに、心が会いたいと欲するのだ。微笑む顔を見たい。つまらない冗談を言い合って笑いたい。ばかだな、と言って陽射しのように笑うあいつが隣にいない事に、今でも慣れない。




077:欠けた左手(皆守)

あ、と言う暇も無かった。
葉佩が唐突に俺の左手を取り、小指を口の中に入れて歯を立てた。それは害意を示す行動ではなく、もっと他の、たとえば慈悲を乞うような、得られないものを、そうと知りつつ惜しむような、そんな行動に思えた。
その時の俺の手は、決して清潔ではなかった。何度も床に手を付いたし、この手で汗も拭った。あいつ自身の血も、きっとそれ以外の液体も付着していた。その汚れた手に噛み付いて、葉佩は泣いているような表情で笑った。

夜が明けて、一人になって、漸く気付いた。俺の小指は、きっともう俺のものではないのだと。
左手の端の、最も小さくて細い指だけが、永遠にあいつのものになってしまった。




078:鬼ごっこ(皆守)

 俺は平穏を望んでいた筈なのに。胸中で呟き、物陰からそっと辺りを窺う。その瞬間、八千穂が大声で叫んだ。

「居た!みんなー!皆守クン居たよー!」

叫びながら全速力で走り寄って来る。スリルの快感など、理解したいとも思わない。どうしてこんな事になってしまったのか。我が身の不運を嘆きつつ、身を潜めていた物陰から走り出した。背後からは不穏な気配が大量に迫っている。
 葉佩が提案したルールは、一人の鬼を複数で追い立てるという、見も蓋も無いものだった。しかもジャンケンだったら確実に勝てたのに、わざわざくじ引きまで用意するという周到さ。あの野郎、絶対に仕込んでた。走りながら、皆守が毒づく。
 その視界に、ゴーグルで顔を覆った葉佩が滑り込んだ。咄嗟に身を低くして、伸ばされた手を躱す。初めは莫迦々々しいと思っていた皆守も、既に本気だった。フェイントを入れて視線を誘い、時にこちらからも攻撃を繰り出し、必死の抵抗を見せている。
 負けて堪るか。胸中で呟く。ここで負けたら、参加者全員の夕食を持たなければならない。しかし、皆守が負けられないのは最早そんな理由ではない。

「頑張るじゃねぇか、ダルいとか言ってたくせに」

負けられない。眼前で笑う、この男にだけは。




079:INSOMNIA(皆守・葉佩)

「眠れないんだが」
「起きてればいいだろ」
「そしたら睡眠不足になるだろうが」
「いや、お前はならないと思う」
「俺は寝たいんだ」
「よし分かった。子守唄うたってやろう」
「それは素敵だ。是非たのむ」
「お前、ほんとは寝てんだろ」
「動くな。隙間が出来ると寒い」
「あ、ちょっと待って首が絞まる」
「気にするな」
「いや、俺が永眠しそうな勢いなんだけど」
「それは困ったな」
「なんで眠れないと人の首絞めにくるかな」
「お前なら死んでも誰も悲しまないから」
「でも皆守は困るんだね」
「困る。お前が死んだら物凄く困る」
「やっぱ寝てんだろ、お前」
「眠れないって言ってんだろ」
「抱き枕あげるから、そろそろ俺を寝かせてくれない?」
「俺が眠るまで待て」
「どーせ朝になったら忘れてんだろ」
「それはしょうがない」
「どっちかっつーと夢遊病だね」




080:ベルリンの壁(葉佩・皆守)

「皆守ー!見て見て!カブトムシの幼虫ゲットだぜ!」
「寄るな」
「シチューみたいな味がするんだって、ほんとかな?」
「俺の見てないところで試してくれ」
「ヘラクレスだったらいいなー」
「日本にはいないんじゃないか?」
「でも俺、実はクワガタ派なんだよね」
「違いが分からん」
「ギラファとか、かっこいーよなー」
「どうして鍋を取り出すんだ」
「あ、でもさ、やっぱミヤマもいいよね」
「おい葉佩、その鍋は」
「たくさん食べて大きくなれよー」
「そこで育てるのか!」
「餌はカレーでいいかな?」
「壁っていうか、溝だな」
「壁はいつか壊れるけど、溝は更に深くなるかもだしね」