041:デリカテッセン(皆守・葉佩)

「俺になんか用か」
「ええと、あんたじゃなくって惣菜屋に用が」
「そうか」
「ええと、オススメとかあります?」
「この店で俺のオススメといえばこの辺りだが」

【カレーライス】
【カツカレー】
【カレーラーメン】
【カレー定食】

「・・・」
「・・・」
「じゃあ、お好み焼き弁当ください」
「お前に売る惣菜はない」




042:メモリーカード

特に親しくもない級友からメモリーカードを貰った。それは僕も一時期はまっていたゲームのセーブデータだったので、埃を被っていたソフトを引っ張り出してハードを起動させてみた。
懐かしいメロディが心地好く記憶を呼び覚ます。仲間と夢中で駆け抜けた、あの草原が僕を迎える。
セーブデータは最後のダンジョンの少し手前で止まっていた。ここからイベントが始まるので、僕もここでセーブしたデータには上書きしないでおいたのだと思い出す。
クリア後にもセーブポイントがあるのだが、このメモリーカードには二周目に取り掛かった形跡がない。ボスは倒したのだろうか。レベルは充分だったが、主人公の名前が本人と同じだったのには少しだけ笑った。
記憶していたとおりに、仲間たちが喋りだした。決戦への覚悟や、ここに至るまでの苦難や喜びを語り、プレイヤーに微笑みかける。魔法使いの少女に淡い恋心を抱いていたのだと、不意に思い出して恥ずかしくなった。思い返せば、僕の初恋は彼女だったような気がする。
じわりと目の奥が熱くなった。この先に何が待っているのか、僕は知っている。今なら笑ってしまうような、どんでん返しの大団円。子供だましのハッピーエンド。それでもあの時、僕はそれに救われた。嬉しくて涙が出たのは、きっとあの時が初めてだ。この気持ちを、共に戦った仲間を、駆け抜けた草原を、絶対に忘れないと思った。

気づくと朝だった。徹ゲーなんて何年ぶりだろう。
重たい体を引きずって、心だけは晴れやかに、僕はいつもより少しだけ遅いバスに乗って学校へと向かった。
あいつの机には、白いヒメギクが供えられていた。昨日の夜、校舎の屋上から飛び降りたらしい。

僕は、あいつがあのエンディングを見たのかどうか、今でも気になっている。見たのに僕のようには救われなかったのか、それとも見なかったのか。これはただの勘だけど、見なかったのだと僕は思っている。仲間たちの笑顔も、涙も、強敵の悲しい決意も、気高い心も、子供だましの安っぽいハッピーエンドの全てを、あいつはきっと知らない。
最後のダンジョンの少し手前で、あいつの時間は永遠に止まってしまったんだ。




043:遠浅

もう少しで色が変わる。
後ろを振り向く。白い砂浜が、遠く遥かに見えた。
前を見る。水平線は、くっきりとその境界を示していた。
足を踏み出す。あと何歩で、俺は溺れるだろう。
恐る恐る足を踏み出す。
深く、青く、色が変わる。
其処はもう、俺の存在できる場所ではない。
だが俺が住むべき陸地は、もう遠すぎて戻れない。
もう進めない。
もう戻れない。
見上げた空は、薄情な色。




044:バレンタイン

標準(?)

「白岐さん!あの、これ、良かったら食べて!」
「…これは?」
「あ!だいじょぶ!あたしが作ったんじゃないから!」
「じゃあ安心ね」
「うん!あとで一緒に食べようね!」


標準(?)2

「バレンタインなんて滅べばいいんだ」
「…」
「べっつに、チョコとか好きじゃねぇし」
「…」
「だいたい意味わかんねぇよな、義理チョコとかって」
「…お歳暮みたいなもんだろ」
「だったらお歳暮でいいじゃねぇか!」
「俺に言うな」
「…皆守、お前チョコの匂いするんだけど」
「お前、本気でちょっと怖いぞ」
「皆守の裏切り者ぉ!」
「落ち着け!おい!どこに手ぇ突っ込んでやがる!」
「ポケットだよ!卑猥な言い回しするな!」
「人のポケットに手を入れるな!」
「はばき は みなかみのチョコ を てにいれた!」
「ああ、さっき双樹に貰った」
「双樹さんだとぉ!」
「いや、なんか知らんが、あいつこーゆーイベント好きで」
「ふざけんな!何で双樹さんがお前なんかに!」
「俺なんかってどういう意味だ」
「お前なんか固形ルウでも食ってろ!ばーかばーか!」
「ひがむな」
「おっぱいで窒息死しろ!ああああ羨ましい!そんな死に方してぇ!」
「そ、そうか…?」
「うわああん!やっちー!皆守がエロいよー!」


出来上がった二人

「皆守ー」
「何だよ」
「バレンタインだね」
「…あ、ほんとだ」
「やっぱり忘れてたかぁ」
「…欲しいのか?」
「気にすんな。言ってみただけだから」
「分かった」
「お?」
「ドリンクバーでチョコっぽい色のもん全部混ぜてくる」
「はい?」
「問答無用で一気飲みしろ」
「あれ?何で俺が罰ゲームする事になってんの?」


出来上がった二人2

「おい葉佩、バレンタインだ」
「お前、意外とイベント好きなのな」
「用意してないのか」
「ごめん、忘れてた」
「ふん、どうせそんな事だろうと思ったぜ」
「何でそんなイキイキしてんの?」
「罰として今からカレーを作れ」
「意味が分かんないんですけど」
「そして隠し味にはチョコレートを使え」
「隠し味の指定って、最早それ隠し味じゃないよ」
「つべこべ言うな。とっとと作れ」
「はいはい、いーけどね。じゃあ行こうか」
「何処に?」
「素材調達に」
「…俺も行くのか?」
「当然だろ。お前は俺のバディなんだから」


子供葉佩

「皆守!バレンタインって知ってる?」
「まあ、そこはかとなく」
「好きな人にチョコあげる日なんだって!」
「うん、聞いた事あるな」
「しかも由来になったウァレンティヌスは刑死したんだってさ!」
「…そうなのか」
「調べたんだけど、けっこー複雑でね」
「へえ」
「ローマ帝国とキリスト教の歴史がね…」
「某製菓会社の陰謀らしいぞ」
「女神ジュノーのお祭って話もあって…」
「…(うとうと)」
「でさ!俺も皆守にあげようと思って探した訳さ!」
「…何を?」
「チョコレートを!」
「…へえ」
「って訳で、はい!」
「…これは、何だ」
「チョコ」
「違うと思う」
「ああ、やっぱりね。俺もそんな気がしたんだ」




緋勇と蓬莱寺

「見ろよひーちゃん!すげー大漁!」
「…?」
「チョコだよ、バレンタインだろ今日」
「ああ」
「やー、もてる男はつらいぜ!」
「確かに、完食するのはつらそうだな」
「そんな訳で、お裾分け」
「他を当たれ」
「ところで、この中に一つだけ『俺からひーちゃんへの本命チョコ』が紛れ込んでる」
「!?」
「受け取ってくれよ、ひーちゃん」
「…それは、まあ、受け取るが」
「じゃ、探してくれ」
「…(何がしたいんだこいつ)…」
「小蒔から貰ったハバネロ入りも混じってっから気ぃつけろよ」
「…これは?」
「カレールウだな」
「お前、本当はもててないだろ」
「お、それってやきもち?」
「違うから喜ぶな」




緋勇と蓬莱寺2

「なーひーちゃん、俺にはくれねーの?」
「欲しいのか」
「そりゃ、まあ」
「分かった、じゃあこれをやろう」
「これって…」
「さっき美里がくれた」
「ばか!そんなん流用すんじゃねぇよ!」
「美里と桜井と遠野と裏密の連名らしい」
「あ、ああ、なんだ本命じゃねぇのか」
「いい奴だな、お前は」
「いや、そーゆー事やりそうなお前が酷すぎるだけだから」
「ところで京一」
「…なあ、ひーちゃん、これって」
「言うな。お前、腹は丈夫だな?」
「なんか、あの、デコレーションが黒魔術っぽいっつーか」
「気のせいだ。覚悟はいいか?」
「ちょっと待て!連名っつーかあいつ主体か!」
「死にはしないと言ってた」
「なんでチョコで生きるか死ぬかなんだよ!」
「京一!俺の背中はお前に預けた!」
「背中関係ねぇ!」




045:年中無休(皆守)

『来月ぐらいには終わるからおみやげ狩ってくね(゜△゜)』
『オーロラはじめて見た ゆうほどきれーじゃなかった(゜_ゝ゜)っ/』
『あかるい夜のほうがきれーだったΩ(。_。)Ω』
『いきてるってすばらしい(゜〜゜)』

お土産にどんな動物を狩ってくるつもりだ、とか
「ゆう」じゃなくて「いう」だろ、とか
たぶん白夜っていいたいんだろうな、とか
顔文字の意味が分からない、とか
何があった!とか
読点を使え、とか
漢字を使え、とか
そんな些細な事よりも、この年中無休で送られてくるメールをどうにかして欲しい。




046:名前(葉佩)

たとえば雑踏の中。
あいつは俺に気付きもしないで、相変わらずぼんやり歩いてる。
あいつのとこまで走って行って、気付けよ!とか言いながら後ろから飛び付いたりしてもいいんだけどね。
でもそれには、この雑踏が邪魔。人波なんてよくいうけど、まさにそれ。流されて、あいつが遠くなる。
ちょっとすいません!通して!とかやってるうちに、あいつは振り向きもせずにさっさと行っちゃうんだろうな。
そういう時、あって良かったって思う。

たとえば遺跡の中。
暗くって静かで、もう化人でもいいから誰か居て!っていう時。
あいつに会うまでは、一人が寂しいなんて思わなかったのに。
扉は開かないし、さっき階段から転げ落ちて思いっきりぶつけた膝は痛むし、食料もそろそろ心許ない。
救助が来るまで独り言とか歌ったりとか、それでもいいんだけどね。
でもそうすると、反響が消えたらもっと心細くなる。体力だって無駄に消費しちまう。
そんな時、知ってて良かったって思う。

お前に、名前があって良かった。




047:ジャックナイフ(龍麻・霧島)

使えますよ、と、事もなげに少年は言った。そして言葉どおり、流麗な指捌きでそれをくるりと回して見せた。フェンサーだとは知っていたが、まさかジャックナイフまで扱い慣れていたとは。

「昔は結構やんちゃだったんですよ」

そう言って笑った顔は、紅顔の美少年と称しても違和感はない。
ポケットにナイフを忍ばせるのが少年の通過儀礼だなどと、緋勇はその時まで知らなかった。




048:熱帯魚

水槽を眺めながら縁日で掬うようなのと何が違うのかと訊かれて、俺は値段が違うと答えた。
また後日、俺とお前とでは何が違うのかと訊かれて、俺は顔と名前と育ちが違うと答えた。

本当は何も違わないと答えたかったのだけれど、高値で売られる熱帯魚と縁日の金魚が本質的には同じものであるという事実もさる事ながら、彼と自分は生物学的には熱帯魚と金魚よりも近しく同種のものだが、その間には値札に記された桁どころではない隔絶があるのだと知ってしまっていたから、俺は小さな差異を見つけては苛立ち、また安堵した。
いっそ絶対の断絶ならこの心も救われただろうに、この細く頼りなくも切れない糸は、つまりが俺とあいつの実に些細な違いが繋いでいるのだ。




049:龍の牙

向かって来る者に消えない傷を刻み付けた、このささやかな輝き。
それだけが俺を獣にしてくれた。

あの夜、彼の表情を見た時から、手の中の輝きを振るえなくなった。
失ったのは、牙か、心か。




050:葡萄の葉

ある昼下がり、《宝探し屋》は森の中を歩いていました。
ふと見ると、大きな木の上においしそうなぶどうがなっています。
ちょうどお腹が減っていた《宝探し屋》は、そのぶどう目掛けて愛銃をぶっ放しました。
狙い違わず落ちてきたぶどうを受け止め、自分の腕に心の中で大喝采を送ります。

「やったぜ俺!最強だぜ俺!すごいぞー!かっこいいぞー!」

そうしてから、少しだけ寂しくなりました。
《宝探し屋》は、本当は誰かに褒めてもらいたかったのです。

「まあ、お前なら当然だな。そんな嬉しそうな顔してんじゃねぇよ」

そんな風に言ってくれる人が、《宝探し屋》の傍にはいません。
ぶどうの実と一緒に落ちてきた葉っぱを拾い上げ、《宝探し屋》は思いました。
きっと一人でこのぶどうを食べても、すっぱいだけだろうな。
ぶどうが傷んでしまう前に、早く一緒に食べてくれる人を探さなければ。
拾ったぶどうの葉っぱに
『奇跡のカレー食材発見!至急対応求む!』
としたためて、《宝探し屋》はそれを風に飛ばしました。

ぶどうの葉書を拾う人が、カレー好きだといいですね。