021:はさみ(皆守・葉佩)

「動くなよ」
「お手柔らかにお願いします」
「お前次第だ」
「努力します」
「動くなっつってんだろ」
「耳とか切らないでね」
「善処する」
「うおお、俺いますっげぇドキドキしてる」
「変わった趣味だな」
「主に恐怖で」
「俺を信じろ」
「刃物もって背後に立たれるって想像以上に怖いな」
「・・・あ」
「あ?」
「・・・気にするな」
「え、ちょ、あの、鏡とか」
「気にするな」
「ああああ俺のばか!何で信じちゃったんだ!」
「まあいいか、すぐに伸びるだろ」
「いいけどさぁ!次は俺がお前にやるからな!」
「それは勘弁しろ」
「って言いながら被害を拡大させるなぁ!」




022:MD(皆守・葉佩)

「おい葉佩」
「・・・」
「・・・九ちゃ」
「ぎゃあ!びっくりしたぁ!何事だよ!殺す気か!」
「いや、お前が何事だ。どんな被害妄想だよ」
「あ、おお、皆守かぁ」
「誰だと思ったんだ」
「いや、俺を萌やし殺そうとする暗殺者かなんかかと」
「何を聴いてたんだ?真顔で」
「俺はいつだって真面目だよ」
「そんな笑えない冗談を事を真顔で言うな」
「お前にはいつだって笑ってて欲しいんだ」
「ん?なんだこれ、韓国語?」
「華麗なスルーだね!流石はカレーの王子様!」
「そんな無邪気な笑顔で駄洒落を飛ばすのもやめろ」
「鉄壁だな。むしろ王様だよお前」
「ふん、惚れたか?」
「惚れた!抱いてくれ!」
「それは断る」
「じゃあ俺が抱いてやるよ!」
「あした世界が終わるなら、抱かれてやってもいい」
「分かった!ちょっと世界終わらせてくる!」
「まあ待て」
「はい!待ちます王様!」
「なんで韓国語」
「意味は無いです王様!」




023:パステルエナメル(白岐)

「色褪せた白のようだ」と言って、彼はその絵を褒めた。
しかし白岐は、だいぶ長い間それが賛辞である事に気付かなかった。画面に白はほとんど存在していなかったし、「色褪せた」という表現はあまり褒め言葉には用いられないと思っていたからだ。その言葉は、時が経ち、鮮やかな色が失われ、人々に忘れ去られ、朽ちてゆくものを思わせる。そして、名前にも入っている「白」という色が、まるで自分自身のように感じられたのだ。
時が経ち、鮮やかな色が失われ、人々に忘れ去られ、朽ちてゆく自分。
彼の落とした言葉に、白岐はそんな映像を連想した。

それならば、と、今になって思う。
自分は果たして、かつて鮮やかだったのか。人々の記憶に存在していたのか。朽ちるまでもなく、疾うに腐りはてていたのではないか。彼の言うとおり、あの時には既に色褪せていたのではないか。
土に還ろうとした人形を拾い上げて、もう一度その体に命を吹き込んだ人がいる。白岐が顔を上げ、彼女がいなければ目にする事はなかっただろう世界を見た。
時を経て、純色を失い、色褪せた肌で微笑む人を見上げる。鮮烈に目を射るのではなく、淡く優しく心を包む人。その隣で、同じように色褪せた白岐が微笑んだ。
彼はきっと、こんな景色を表現したかったのだろう。
その想像が真実ならば、なんとも素晴らしい賛辞を貰ったものだ。




024:ガムテープ(皆守・葉佩)

葉佩の部屋に立ち入った瞬間、皆守は目を見開いた。部屋に足の踏み場が無かったからではない。銃器や黒板消しやその他の物体が所狭しと散乱していたからでもない。その程度の事では、皆守はもう驚かなくなっていた。
 来るべき時が来た。それだけの事だ。思わず見開いた目を通常の状態に戻し、努めて冷静な声を出す。予想よりも、その作業に労力は必要ではなかった。
 仕事が終われば、葉佩はまた次の場所に旅立つ。分かっていた事だ。皆守は何度も自分の中で確認し、また覚悟していた。今更どんな感情も湧かない。声が震える事もなかった。こっそり安堵する。
 ガムテープで封をされた段ボール箱が、ゴトリと不穏な音を立てた。それは見なかった事にして、皆守が壁に凭れてアロマに火を点ける。それには一瞥すらくれず、葉佩は梱包作業に熱中しているようだ。
 暫く無言で作業を続けていた葉佩が、不意に呟いた。

「また来るから」

まるで約束のような言葉に、皆守は少しだけ笑った。「無理するな」と返し、視線を逸らしたまま銃を分解する葉佩の横顔を見る。安堵したような、拍子抜けしたようなその表情に、もう一度だけ笑った。
 流れゆくのが葉佩の本能だ。それが彼の誇りであり、だからこそ皆守は、憧憬を含んでその背中を見詰めた。翼など持たずとも人は飛べるのだと、その背中は無音で語った。そして皆守は、それを信じた。
 来なくていい。会いに行くから。声には出さず、そっと誓った。
 何処に居ても、会いに行くから。




025:のどあめ(葉佩・八千穂)

「あれ?やっちー声どうしたの?」
「あ、気が付いた?ちょっと痛いんだよね」
「じゃあこれあげる」
「すごいね九チャン!のどあめも常備してるんだ!」
「あったりまえだろ!《宝探し屋》の基本だよ!」
「そうなんだ!やっぱ《宝探し屋》ってすごいね!」
「おう!すげぇだろ!」
「どうしたらなれるの?」
「え、ええっと、あの、頑張ったらなれる、かな?」
「そっか!よし!あたしも頑張ろう!」
「う、うん!頑張れ!」
「まずはのどあめ買ってくるね!」
「おお!いってらっしゃい!」
「いってきまーす!」




026:The World(皆守)

 彼を形作っているのは、卑屈と諦観と、それでも捨てきれない飢餓感、そして圧倒的なルサンチマン。皆守は時々、ふと思い出したように怖くなる。果たして自分は、愛情の対象として求められているのか。爆発しそうな憎悪を一つの対象に向ける事で、拡散して瀰漫する衝動を抑えようとしているのではないか。彼が世界を(どうにか辛うじて仕様がないものだけでも)受け入れているのは、自分が彼の破壊欲を宥めているからなのかも知れない。そんな事を考える度に、皆守は逃げ出したいほど怖くなる。
 一度は裏切った者を、彼のような男が本当に信じているのだろうか。否、この男は何も、自分さえも信じてはいない。生命に危険を及ぼすかどうかではなく、存在する全てが夢だとしても、それを嘆く事はしないだろう、という不信だ。
 貫かれる痛みに低く呻き、喉元を上がった嘔吐感を飲み込む。彼が吐き出した憎しみを飲み込む。少しだけ不安そうに、彼が皆守を見た。溢れるほどに注がれた狂気で皆守が壊れてしまったのではないかと、恐れるように手を伸ばす。その手が頬に触れる前に、皆守は彼に微笑みかけた。
 安心しろ。俺には決して満たされない無限の空洞があるから。




027:電光掲示板(皆守)

連絡ぐらい入れて欲しいと思う。黒猫が前を横切るとか、靴紐が切れるとか、愛用のカップが割れるとか、電光掲示板で接近を知らせるとか、そんな事でもいいから。
何がしかの前触れというものを、あの男は持っていない。唐突に現れ、或いは現れたという痕跡を残し、やはり唐突に消える。
テーブルの上には、数種類のスパイス。書置きすら存在しない。
そりゃあ、真夜中に起こされれば不機嫌にもなるだろう。起こされたからといって、起きるとも限らない。俺はそんな人間だ。奴もそれを分かってる。そこまで分かってるんなら、もう少しだけ分かって欲しい。
取り敢えず、次に会ったら殴ろう。




028:菜の花

気が狂うような黄色が、ただ視界を埋め尽くしていた。自分が何色なのか、分からなくなる。此処は夢の中なのか。問うても答えは返らない。何を探してこんな場所に来てしまったのだろう。こんな、狂気のような場所。
不安がよぎる。自分は、本当に狂ってしまったのだろうか。

聞こえたのは、かすかなる麦笛のような、明瞭で冷たい音。ああ、あいつだ、と思う。
夢から覚めて第一声、この借りはいつか必ず返す、と言った俺を、奴は不思議そうに見下ろした。




029:デルタ(葉佩・皆守)

「見えねーな、星」
「見たいのか?」
「見えた方が嬉しくね?」
「どうでもいい」
「皆守の鎖骨だって見えた方が嬉しいだろ」
「それはもしかして俺に同意を求めてるのか?」
「あ、別に骨に欲情はしねーよ?皮膚の上、服の隙間の鎖骨な」
「その注意書き、本当に必要か?」
「こう、なんつーの、うるおい?」
「独り言なら独り言だと宣言してから言え」
「あ、ねえ皆守、知ってる?ケフェウス座のデルタはね」
「お、あれが夏の大三角形ってやつか」
「たぶん北極星だと思う。あのね、デルタはね」
「って事はあっちが北か」
「皆守って方向音痴?」
「看板のない道に慣れてないだけだ」
「この都会っ子め。萌えるぜ」
「あれは?」
「あれがデネブ。三角形の一角ね。で、あっちがベガで、アルタイル」
「すごいなお前」
「おう、惚れた?」
「好感度がカレーうどんの次ぐらいまで上がった」
「わーいやったー俺ってすげぇ愛されてるぞー」
「腹が減ったな。おい葉佩、とっとと作れ」
「あれ?四等星がぼやけて見えないよ?」
「それはたぶん乱視だな」




030:通勤電車(葉佩・皆守)

「ねえ皆守」
「なんだ葉佩」
「いちいち名前呼ばなくっていいから」
「その反応、地味に傷付くんだが」
「派手に傷付くのは俺だけでいいんだよ」
「それが優しさだとでも思ってんのか」
「ねえ皆守」
「・・・」
「返事ぐらいしろよぉ!」
「我儘な奴だな」
「俺さぁ!パン食べながら遅刻するー!って言いながら」
「ながら多いな」
「通学路を全力疾走したい!」
「そうか、諦めろ」
「ああ、今日も朝からカレーライスか」
「文句があるなら食うな」
「で、角で皆守と正面衝突して慰謝料ふんだくられるんだ」
「カレーを食べながらそんな悲しい妄想するな」
「それにはまず、学生になる必要があるよね」
「前向きに検討を始めるな」
「俺もっかい学生やろうかなぁ」
「とっとと食って通勤電車に揉まれてこい社会人一年生が」