011:柔らかい殻(葉佩・皆守)

「ちっ!これだから餓鬼は」

苛立たしげに舌を打ち、葉佩が小さく吐き捨てた。その言葉に、皆守がふと眉を寄せる。葉佩の態度も気に食わなかったが、それ以上にある単語が引っ掛かった。

「餓鬼?って、お前いくつだよ」
「え?あ、いや、同じだよ!お前と同い年!」
「なんで二回言った」

嘘を吐く時、人間は同じ言葉を二回繰り返すと、皆守は聞いた事があった。情報源はもう忘れてしまったし、それが本当かどうかなど知る由も無い。だが、葉佩の表情を見れば一目瞭然だ。年上だったのか、と、大した感慨も無く、皆守は思っただけだった。本心から隠したいと思っていたのなら、葉佩は皆守に悟らせるような事はしない。隠している事実すら気付かせない。

「俺とお前は同い年っ☆」

満面の笑みで親指を立てつつ、葉佩が駄目押しする。分かった分かった、と投げ遣りに応えながら、皆守はそれ以上の追求をやめた。戯れのように秘密を弄び、葉佩は楽しんでいるのだろう。あるいは、ずっと葉佩を騙していた(本当の事を言わなかっただけだ。嘘は一度も吐いていない。と皆守は思っているが)事に対する意趣返しなのだろうか。軽く突付けば底が見える程度の秘密が、彼にとっては意趣返しになるのだろうか。その程度の意趣なのか。
 皆守が溜息を吐き出した時には、先程の険悪な空気は消え去っていた。葉佩の表情も、いつもの胡散臭い薄ら笑いに戻っている。喧嘩すら、本当にはした事が無い。苛立った表情すら、皆守に自分の状態を伝える為に、わざと作って見せているのだろう。葉佩が本心の怒りを見せた事など、一度たりとも無かった。気付いた事実を、皆守は煙に溶かして空に放つ。
 だからなんだってんだ。




012:ガードレール(ゆづりは皆守・夷澤)

隣に座る男の名前を呼ぶ。返事はない。後輪がスライドして嫌な音を立てた。もう一度、今度は大声で名前を叫ぶ。「気が散るから黙っててください」と、無表情のまま返ってきた。ガードレールが迫る。素早くギアが落とされる。四輪がグリップを失った。皆守のすぐ横で、ガードレールとロードスターが軽く音を立ててキスをした。
恋人同士の逢瀬に立ち入ってしまったような気持ちで、皆守は激しく後悔しつつ口を噤んだ。




013:深夜番組(葉佩・皆守)

01:34am
葉佩が目を覚ますと、白い光に照らされた皆守の横顔が見えた。目を覚ました葉佩には気付かず、皆守は一心不乱に画面に見入っていた。背中を丸め、膝を抱えて、手の甲に唇を押し付けている。画面の中で女性が悲鳴を上げた。同時に、皆守の肩がビクリと震える。瞬きすら忘れた皆守は、先程から全く姿勢を変えていない。熱中しているようなので、邪魔をするのも躊躇われる。そう考え、葉佩は再び目を閉じた。

03:22am
かつてないほどの至近距離で眠る級友に、葉佩が悲鳴を上げた。

「びっくりしたぁ!何してんのお前!」
「いや、お前が寒いかと思って」
「と言いつつ、毛布を半分以上巻き取ってんのは何故ですか」
「それは気にするな」
「あの、ちょっと近いんだけど」
「気にするな。それより葉佩」
「何だよ」
「トイレに行きたくないか?」
「・・・別に」
「行きたいだろ?付いて行ってやるから」
「・・・おやすみ」
「おい、犯されたくなかったら起きろ」
「あー犯していいよ。だから寝かせて」
「もっと自分を大切にしろ!」
「お前はもうちょっと自分のキャラを大切にしろ」




014:ビデオショップ(蓬莱寺)

蓬莱寺は悩んでいた。緋勇の好みがさっぱり分からなかったからだ。
陵辱系は避けた方が無難だろう。やたらとフェティシズムに走るのも良くない。人妻というのも、やはり道徳に悖るので彼は眉をしかめるかも知れない。道徳でムスコが満足するのかよ。胸中で誰にともなく吐き捨て、ふと不安がよぎった。
そもそも緋勇という男に、性欲は存在するのだろうか。莫迦な、緋勇といえども男だ。蓬莱寺やその他の有象無象と同じ、健全な十八歳男子だ。湧き上がった疑念を燃える心で説き伏せ、物色に戻る。

考え抜いて決断した三本を胸に、逸る心を抑えて道を歩いた。
緋勇の部屋にはそれらを再生する機器が存在しないという現実に、その時の彼はまだ気付いていなかった。




015:ニューロン

思考も感情も記憶も、電気信号と化学反応で出来ている。
小さな揺らぎが発生して、信号が神経を伝って、心臓が脈を打つ。
それはまるで奇跡のようだけど、きっと奇跡ではないのだろう。
こんなにも有り触れた現象が、どうして巧く言葉にならないのだろう。




016:シャム双生児

お前がやってんのはこーゆー事なんだぜって言ったんだよ、その人は。墓守とか長い眠りとかっつってるけど、要するに人殺してんだよってさ。その怨念とか恨みつらみ、背負う覚悟はおっけー?ってね。
で、お前はそんな覚悟もなくて、あまつさえその人の事も忘れちまってぼんやりカレー食って毎日を過ごしてたって訳さ。
俺なら墓の中から殺しに来るね。




017:√

「9」は「3」と「3」と「3」で出来ている。
そう言ったら、彼は
「9」は「5」と「4」で出来ている。
と言った。
それを聞いていた彼女は
「9」は「9」でしょう?
と言った。

これが、彼女に勝てない理由。




018:ハーモニカ

煙草と旅と音楽を、彼は愛していたらしい。
仲間が眠りにつく時も、旅を続けていたらしい。
葉佩は彼を知らないけれど、よく似ていると八千穂は言った。

綺麗な音は出せないけれど、葉佩はそれを吹いてみた。
不協和音がでたらめに鳴り、何も残さず消えてゆく。
葉佩はなんだか楽しくなって、虚空に音を塗りたくる。
雪が溶けたら彼女のもとへ、小さな楽器を持って行こう。
手に銀色の楽器を持って、葉佩は今日も旅をする。




019:ナンバリング(子供葉佩)

No0999
それが彼に与えられた、最初の名前だった。後にまたいくつかの名称を得たが、その全ては彼に如何なる影響も与えなかった。彼はそれを嘆く事も、また誇る事もしなかった。そのような感情は、まだ彼の中には芽生えていなかったからだ。ただ目の前に提示された「生き残り方」を吸収してゆく事だけが、彼の生きる手段だった。
最後の名前をくれた人の事は、よく憶えていない。ただ、今になって感謝している。
当然のように名を訊いてくる人に、答えを返せる。

「一番新しいのは、葉佩」

きっとこの人は知らないのだろう。死んでしまった名付け親に、「葉佩」がどれほど感謝しているのかを。




020:合わせ鏡

皆守と戦う者は、その過程で自分自身も皆守になることのないように気を付けなくてはならない。カレーを覗き込むとき、カレーもまたこちらを覗いているのだ。