皆守は、今夜も《墓》の中で葉佩の背中を見ていた。相も変わらず浮かれた様子で、葉佩は鉄壁の演技力を惜しげもなく披露している。軽やかに床を踏み、しきりに振り返っては八千穂を気遣う。怪我してない?疲れた?そろそろ休憩しようか?挙句に「九チャン気ぃ遣いすぎだよ」などと言われて、困ったように笑っている。もうこれ、俺は帰ってもいいんじゃないか?などと紫煙に紛れて吐き出すと、葉佩が慌ててその袖を掴んだ。八千穂には聞こえぬよう声を抑え、囁くように叫ぶ。

「待て!俺を置いて行くな!」
「いや、もうどっちかっつーとそれ、俺の科白だから」
「俺が突っ走ってるみたいに言うなよ!」
「ああ、自覚はあったのか」

顔を寄せて囁き合う二人に、八千穂が怪訝な表情を向けている。それに気付いた葉佩が、わざとらしいほど満面の笑みで振り返った。拗ねたように顔を逸らした八千穂に、言い訳のような【愛】のような言葉を連ねる。もう本気で勘弁してくれと言いたい。帰って寝たい。悪夢の方がいくらかマシだ。そんな皆守の声無き呟きを聞いた訳でもなさそうだったが、葉佩が撤収を決断した。

「あれ?今日はもう終わり?」
「うん、やっちーも疲れたでしょ?」
「あたしは平気だよ」
「駄目、さっき段差でよろけてたの見たよ」
「う、見てた?」

事実、連日連夜の遺跡デートもとい探索は、八千穂の睡眠を容赦なく奪っている。体力自慢の八千穂といえども、所詮はただの高校生だ。疲労が溜まれば危険も増える。真面目な顔でそう言った葉佩に、八千穂も逆らわず頷いた。実際のところは、痛み止めが切れたのだろうが。
 予想どおり、八千穂を見送った直後、葉佩は膝を折って地面に手を付いた。既視感が、皆守の脳裡を駆け巡る。

「なあ葉佩」
「ううう痛いよー」
「そんなに八千穂が好きか」
「うん、好き」

痛みに呻きつつも、葉佩はきっぱりと言った。皆守の心臓が、音を立ててざわめく。何かを壊したいような、叫び出したいような、酷く暴力的な気分になった。しゃがみ込んだ葉佩の頭頂部に、踵でも落とそうかと考える。いつものじゃれ合いではなく、呪われた能力を以って、その体を砕いてしまおうか。いつだって皆守は、その時を繰り返し夢想している。まずは、どんな闇にも飛び込んでゆくその足を砕こう。次に、武器を操る手を砕こうか。いや、それよりもまずはその心を砕こう。だが、やはりそんな事は実行できないので、代わりに皆守は言葉を放った。そんなものでは、この男が砕けない事など分かっているのに。

「八千穂がお前の事、なんとも思ってなくても?」
「うん、それでも」
「どうせ仕事が終わったら行っちまうんだろ?」
「・・・うん」
「基本的な質問なんだが、どうしたいんだ?」
「やっちーに、好きって言って欲しい」
「それだけか?」
「ずっと忘れないで欲しい」
「あとは?」
「・・・それだけ」
「それは嘘だろ」
「ほんとに、それだけでいい」

そう言って、葉佩が俯いたまま微笑む。その顔が取り繕う隙もなく寂しそうで、嬉しそうで、皆守は続く言葉を失った。信じられない。そんな綺麗な感情は、この世のどこにも存在しない。人が人を恋うというのは、もっと醜くて、救われないものだ。傍から見れば狂気の沙汰か滑稽で、でも本人は苦しくて痛くてどうしようもなくて、だから、そんな綺麗なものは、本当じゃない。そんな言葉が喉まで出かかったが、危ういところで飲み込んだ。
 唇を引き結んで黙った皆守に、葉佩が薄っすらと笑う。

「なんでお前がそんな面すんだよ」
「俺は産まれた時からこんな面だ」
「いい奴だなぁ、皆守は」
「黙れ」
「そんなお前が大好きだ」

 心臓が止まるかと思った。というより、たぶん何秒か止まった。いっそそのまま昇天すれば良かったと真剣に思った。まあ、昇天よりも地獄に落ちる確率の方が高いのだが。
 全ての動きを止めた皆守には気付かず、葉佩が立ち上がった。八千穂の前ではその存在すら隠している、錠剤の瓶を取り出す。まだ動けないでいる皆守から視線を外したまま、歌うように言葉を連ねる。

「俺は《宝探し屋》だからね」
「それで全てが納得すると思うのか」
「俺は納得するよ」
「俺はしない」
「でも、俺は《宝探し屋》だから」
「だからなんだよ」
「秘宝は必ず手に入れる」
「それは貴方の心です、とか言ったら踵落とし殺す」
「・・・」
「言うつもりだったか」
「・・・ごめんなさい」
「俺じゃ駄目か」
「は?」
「俺は忘れない」
「ええと?」
「俺は、お前を、忘れない」

永遠にな、と続けようとして、皆守はそのあまりの恥ずかしさに気付いて口を噤んだ。頬に熱が集まるのを感じ、今が夜であった事に深く感謝する。葉佩が、傷の痛みを気にしながら皆守を見た。今度は皆守が頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「皆守ー?」
「なんでもない。忘れろ」
「そうは言っても」
「忘れろ、いいな?もう一回言うぞ、忘れろ。忘れたか?忘れたな?よし、じゃあ帰るぞ」

顔は逸らしたまま、足早に寮へと歩き出す。いっそ殺せ、と口中で呟きつつ、パイプを噛み締めた。葉佩が立ち止まったまま皆守を凝視している。振り向いて表情を確かめようかと一瞬だけ思ったが、皆守はその衝動を噛み砕いて飲み込んだ。頼むから忘れてくれ。祈りにも似た気持ちで呟く。
 祈りなど捧げなくとも、明日になれば葉佩はいつもどおりに笑うのだろう。人の気持ちなど意に介さず、やがて去り行く自分を知って、ほんの一時の戯れに興じるのだろう。引き止めたいのではない。ただ、せめてもう少しだけ、と願っているだけだ。こんなに苦しいのに、この時が、せめてあと僅かでも、と。覚悟なら既に済ませた。その日が来たら、無様に嘆く事も、憐れがましく取り乱す事もしない。
 ただ、彼岸か或いは次の遺跡に旅立ってゆくであろうお前を、俺は忘れないから。想い続ける事だけは許してくれ。
 お前が忘れても、俺は憶えているから。

 背後で葉佩が「忘れないよ」などと言わなければ、きっと全ては綺麗に完結していたに違いない。