年が開け再び花の季節がおとずれる頃、凶津の名は夜に棲む少年たちの間で恐怖の代名詞となっていた。

 噂を聞きつけたチンピラもどきまでもが箔をつけようと度々やってきては返り討ちにあい、報復と銘打った闇討ちまがいの事が繰り返されることに疑問すら抱かなかった。向かってくる敵を叩き伏せ、踏み付け、サイレンから逃げ惑う。それが日常となっていた。お互いがいなければ自分が人間であることすら忘れてしまっていただろう。
 頭をよぎる事さえなかった。この時が、終わることなど。

 同じような毎日、というにはあまりにも刺激的な日々が過ぎていった。傷は増え、心は荒んでいく。 
 醍醐は迷っていた。このままでいいのだろうか。自分は何を求めているのか。この先に果たして何があるのか。この傷がいつか何かをもたらすのだろうか。それは誇れることなのか・・・。疑念はつもり醍醐の心を染めていった。しかし凶津はそんな醍醐の迷いを、弱さから来る恐れと切り捨てた。
 凶津にとって痛みとは生きている証だった。傷を負い、痛みに耐え、それでも戦い続ける己が誇りだった。敵を討ち、切り伏せ、踏みにじり、強者である自分を誇示することに振るえるほどの悦楽を感じていた。己は決して搾取されるだけの存在ではない。食う側の人間なのだということを、全身で叫んでいた。

 骨と骨がぶつかり合う音が路地裏に響いている。同時にくぐもった悲鳴のような泣き声が醍醐の耳に届いた。声は苦痛をしきりに訴え、もうやめてくれ、と懇願していた。見かねた醍醐が凶津を止めなければ声の主は永久にその声を失い、命すら失っていただろう。たやすく想像できるその光景に抑えようも無い苛立ちを滲ませ醍醐は凶津に言い放った。

「いい加減にしろ!何故お前は分からない!このままではお前も無事ではすまないぞ!」
「分かってるさ。お前こそ分かってない。」
「・・・何だと?」
「俺はこんな奴らに舐められるぐれぇなら、無事じゃなくっていいんだよ。」

理解は出来なかった。だがその言葉が、凶津の生きることへの執着から来ていることは痛いほどに理解できた。
 肉体の生命活動だけではない。踏みにじられ、軽んじられてきた精神がその存在価値を渇望し、決して与えられることの無かった『存在する権利』を自らの手で奪い取ろうとしているのだ。例えそれが憎しみと恐怖であっても、己に向けられる視線を凶津は確かに求めていた。

『俺はここにいる。』

その証を、狂おしいまでに求めているのだ。
 二人の立っている場所が、往こうとしている道が、絶望的に隔たっていることを醍醐は悟った。