耳元でバサバサと耳障りな音がした。目を開けると黒い大きな鳥が凶津の頭のすぐ横で羽をバタつかせている。

「・・・まだ生きてるよ・・・」

その言葉に、期待していた豪華な朝餉が意に反し食材ではなかったことを理解したのか、再び耳元ではた迷惑な羽ばたきを繰り返し、ギャア、と恨みのこもった声で凶津の鼓膜を乱暴に揺さぶりバタバタと空へ帰って行った。

 身を起こした凶津は辺りを見回し、そこが見知った公園であることを確認すると大きな溜息を吐き出した。昨夜の記憶を手繰り寄せ体中の痛みをひとつひとつ数えていく。顔面に感じていた違和感が自分の血液であることに気づくと凶津は再び溜息をつき地べたに座り込んだ。
 途方に暮れると、何故人は空を見上げるのか。
そんなことをつらつらと考えつつ(平たく言うとボケッとしてるだけなのだが)空腹を持て余したまま、気づけば太陽は真上に移動していた。

「そーいや醍醐の奴、どうしたんだ・・・?」

決して忘れていたわけではないが改めて口に出してみると、とたんに気になりだした。

「捕まった、なんてこと・・・」

ねぇよな・・・と、音にならない呟きを繰り返してみても不安はざわざわと心臓を撫で上げる。

「俺の所為で・・・」

まさかそんな、あの醍醐にかぎって。そんな呟きを掻い潜り、嫌な予感が足元から這い上がってくる。探しに行かなければ、と痛む体を起こしたその時。

「こんな所にいたのか。」

 身を隠していた茂みの向こうから醍醐が顔を出した。体のあちらこちらに絆創膏を貼り付け、湿布の匂いを微かに漂わせているが、表情はいつも通りの彼だ。

「醍醐・・・お前、無事だったのか。」
「それはこっちの台詞だ。まったくお前は・・・」

長くなりそうな醍醐の説教をあっさり無視して、不安から一転、喜びに涙すら滲ませる凶津のその素直な感情に、醍醐も思わずつられてしまっていた。その異常なまでの感情の起伏を、直情型なのだと羨ましくさえ思っていた。



 このままの格好で街中をうろつけば間違いなく通報されるだろう、というのが二人の共通の意見だったこともあり、醍醐が偶然見つけた町外れの廃屋にとりあえず身を隠した。
 かつてその雑居ビルを所有していた会社は何年か前に倒産し、取り壊しの途中で放置されたまま今に至るらしい。しかし二人にとってそんな背景などどうでもいいことだったのだろう。人気の無い、無骨なこの空間が凶津と醍醐にとって唯一の安らげる場所となるのに時間はかからなかった。

 灼熱に揺らめき輝く季節は、終わりを告げようとしていた。

 凶津が自分の置かれた環境を醍醐に話して聞かせるようになったのはその頃だった。あの日以来溜まり場にしていた廃屋にふと沈黙が降りたとき、思い出したようにぽつりとこぼれ出た言葉は醍醐に衝撃を与えるには十分だった。まるで他人事のように語られる暴力と孤独は十一歳の少年が耐えられるはずの無い絶望だった。醍醐は言うべき言葉も見つけられずに、ただ黙って話を聞いていた。他に出来ることも見つからず、自嘲のような笑みを浮かべる凶津を前にして思わず空に視線を投げていた。

 凍てつく季節が、間近に迫っていた。