「いってぇ・・・」
「大丈夫か?まったく大して強くも無いのに見栄を張るからそうなるんだ。」
「やかましい!お前の強さがオカシイんだ!俺は弱くねぇ!」
「誰も弱いとは言ってないだろ。」

 語気は荒いが決して怒ってはいない凶津にからかい半分、もう半分は本気で醍醐は語りかける。

「どうしてお前はそう短気なんだ。そんなに敵ばかり作っていると、そのうち後から刺されるぞ。」
「はっはっは!そんな死に方も悪くねぇな!」
「いや、悪いだろ」
「そっかぁ?」
「少なくとも、俺は御免だ。」

 それは、『自分がそうなるのは御免だ』という意味なのか、それとも『凶津がそうなるのが御免だ』という意味なのか、量り兼ねたことすら意識せず凶津は楽しそうにはしゃいでいた。

 その夜は二人で酒を飲み、様になってきたとはいえ未成熟な体が血液中のアルコールに支配され足元も覚束無くなっていた頃だった。同じように夜の街を住処とする少年に、凶津は喧嘩を吹っ掛けたのだ。目が合っただの合わなかっただので因縁をつけ瞬く間に乱闘となり、店員が通報したことを察した醍醐が凶津の襟首を引っ掴んでいなければ、いまごろ凶津は帽子をかぶった公務員に連行されていたことだろう。

 そんな日々も、『相変わらず』という言葉で流せるようになった頃。

 季節は春から夏へと移り変わっていた。

 凶津の怪我が喧嘩によるものだけではないと醍醐も気づいていた。何度も原因を聞きだそうと恫喝まがいのことまでしたが凶津は決して話そうとはしなかった。
 いつかは話してくれるだろう。
そう思い直し、醍醐も無理に聞き出そうとはしなくなった。
 出会ったばかりの花の季節の頃よりもよく笑うようになったのは、凶津と醍醐の二人に共通して顕れた良い兆しだと、そう思えたのだ。
 事実、凶津は目まぐるしいほどに様々な表情を見せるようになっていた。些細なことで笑い転げ、怒り狂い、泣き喚きもした。それは全ての感情を押さえ込み、虚無だけを纏っていた頃に比べ遥かに良いことだと醍醐は思っていた。





 その日の夜も、いつもの様に二人は環七沿いを気の向くままに他愛のないことを話しながらぶらぶらと歩を進めていた。公園を抜け、青梅街道へ出ようとした時だった。物凄い轟音とともに十数台の単車が蛇行しつつ走り抜けて行ったのだ。

「やかましいな・・・」
「おい、凶津?」

何を思ったか、凶津は先ほど開けたばかりの缶ビールを振りかぶり疾走り過ぎる単車に向かって思い切り投げつけた。500mlにわずかに満たない液体とアルミ缶が単車の前輪に激突し、破裂する。単車が転倒し乗っていた二人の少年が投げ出された。スピードが出ていなかった為、たいした怪我もなくよろめきながら立ち上がった少年がこちらを見ている。仲間の少年たちもそれに気づき、凶津を見つめる。

「やかましいんだよ。」

一言、けだるげに呟いた凶津の顔には苛立ちと歓喜が混在していた。少年たちが一斉に咆哮のような罵声を上げ凶津と醍醐に向かって凶器を振り上げる。それに答えるかのように凶津は奇声を上げ、最初に彼のもとにたどり着いた少年の安全靴に左踵を乗せた。体重を掛け、少し低くなった少年の顔面に右拳をめり込ませ、さらに続けてワンツーを決め、前のめりになった体を抱えさらに顔面を乱打する。
 転倒した単車のリアシートに乗っていた少年が、どこから仕入れたのか鉄パイプを振り回し凶津の脳天めがけて振り下ろす。
 ガツン、という音を立てて鉄パイプと激突したのは醍醐の左肩だった。
 認識できたのはそこまでだった。気が付いた時、サイレンは間近に迫り十数人いた少年達は八人になっていて、その全員が血塗れで硬いアスファルトと仲良くなっていた。

 どこか遠くで醍醐の声がした。
 ふいに、何かがこみ上げた。

 走って走って走って、走りながら一瞬だけこみ上げたあの感情を手繰ろうとしたが、それは既に明け方の夢の様に存在の名残だけを残して掻き消えていた。