凶津煉児はその日、誰もいない屋上で空を眺めていた。
 その日、つまり杉並区立桐生中学校の入学式である。式場である体育館からは教員の声が微かに聞こえてきていた。


 凶津は退屈していた。
 幼少の頃から続く父親の暴力も、校舎を一歩出れば他人でしかない『級友』も凶津の心を動かしはしなかった。

 唯、乾いて行く。
 風さえ吹かない虚無。
 それが凶津だった。

 突然ドアが開き、制服を着た少年が凶津を見とめた。新入生なのだろう。真新しい制服を窮屈そうに身に着けている。

「サボりか。」

責めるでもなく、連帯を感じるのでもなく、ただ確認したと言うような声音で話しかけてきた。

「だったらどうした。」

眠たげな声で(実際眠たかったのだ)そう答えると少年はそれ以上何も言わず凶津から少し離れた場所に腰を下ろし目を閉じた。

 それが醍醐雄矢だった。





―化石―





 翌日、少々の好奇心と多大なる気紛れでH・Rのみ顔を出した凶津は、少々の失望と多大なる空腹を抱え校舎をブラブラと歩いていた。校庭を一望できる渡り廊下を横切り北側の階段を上がろうとしたその時、なにやら楽しげな声が聞こえてきた。

「昨日まで小学生だった餓鬼が、調子に乗ってんじゃねぇっ!」

(お前らも去年まで小学生だったんじゃねぇのか。)
などと心の中で突っ込みつつ、声の出所を探すとそれはあっさり見つかった。

「お前らも去年までは小学生だっただろ。一年早く生まれたことぐらいしかひけらかす物もないんだな。」

五人の上級生に囲まれつまらなそうにそう言ってのけたのはまさかというか、やはりというか、醍醐だった。

(タゼイニブゼイってこーゆーのだっけ?)

案の定、醍醐に向かって攻撃を開始した上級生五人はしかし数分後、踊り場で仲良く寄り添って転がっていた。

「すげぇな。お前。」
「見てたんなら他に言うことがあるだろう。」
「他に何言えって?俺のボキャブラリーじゃ『すげぇ』ぐらいしか出てこねぇよ。」

そういって笑いながら凶津は転がっている男たちのポケットを探り、財布の中身を確認すると数枚の一万円札を抜き取り、そのうちの半分を醍醐に差し出した。差し出された醍醐は少しの間逡巡し、それを受け取り無造作に制服のポケットへねじ込んだ。

「さて、どこ行く?」

 昼間は穏やかに吹いていた風が、夕方からは嵐になっていた。