目を覚ますと、複数の人間がこちらを覗き込んでいるのが視界に入った。体が反応したのは自動的のように思われたが、実際にはこの身に染み付いた習慣に過ぎない事を、俺は知っている。跳ね上げた両足で正面にいた男の顎を打つ、つもりだったが、硬い手の平に阻まれた。地面に付いた両手を軸にして跳びすさり、距離を測る。
 俺の攻撃を防いだ赤毛の男は、どこか唖然とした表情でこちらを見ている。その横に、洋剣を構えた男。更に後ろにも、青龍刀を持った男が一人。辺りは薄暗く、空気が淀んでいる。奴らが攻撃を仕掛ける気配はない。それならば、こちらから仕掛ける理由もない。状況を把握しようと視線を走らせる俺に、赤毛の男が声を投げた。

「おい、だいじょぶか?」
「どこか痛いんですか?」

続けて声を発したのは、赤毛の後ろにいた洋剣の男だった。こんな場所には似つかわしくない、穏やかな顔をしている。
 ここはどこだ。どうして俺はこんな場所にいる。奴らは何者だ。どうして俺をそんな目で見る。だが、混乱しているのは奴らも同じらしい。戸惑ったように囁き合い、こちらを注意深く窺っている。
 攻撃を防いだ赤いのが、猜疑に満ちた目で俺を見た。

「もしかして、俺が分かんねーのか?」

お前なんか知らない。そう言うと、後ろにいた青龍刀の男が目を見開いた。嘘やろ、と呟いて、まるで化物でも見るように俺を凝視する。赤毛も洋剣の奴も、同じように驚いている。おかしい、俺は奴らを知らないのに、奴らは俺を知っている。しかも、俺が奴らを知らない事に驚いているようだ。
 自分の記憶を確認する為に、思い出したくもない名前と過去を表層に浮かべる。余計な記憶までも浮かび上がってきたが、今はそんなものにかかずらっている場合ではない。記憶は確かだ。俺は昨日の続きにいる。追憶に伴う、臓腑を氷で撫でられるような不快感を押し殺し、足裏を地面にこすり付けた。

「え、ええと、自分の事は、憶えてるか?」

赤毛が、莫迦みたいな問いを投げて寄越す。いっそ忘れられたらどれほど幸福か。湧き上がった苛立ちが、この身の空洞を呼び覚ました。膨大な氣が流れ込むのを感じる。幼いこの体では、それを留めておく事など不可能だ。解放しなければ、壊れてしまう。しかし、解放すれば俺ではない物が壊れてしまう。この場にいる全てのものが、俺の所為で壊れてしまう。
 こいつらは、どうしてこんな場所にいるんだ。どうしてこんな危険な、俺の近くなんかに。どうせ他に居場所があるのだろう、それなのに。理不尽な怒りに黄金の氣が呼応して、大気が音を立てて震えた。よく知っている。これは、俺と人とを断絶する音だ。

「なんで怒るんだよ!」
「アニキ!黄龍は勘弁!」
「待って京一先輩!危ない!」

身を寄せて互いを庇い合う奴らが、どうしようもなく不愉快だ。無力な人間のくせに。何も守れないくせに。それが八つ当たりだと、分からないほど莫迦ではない。でも、それならこの狂った氣はどこへゆけばいい。どこへもゆけず、俺が壊れればいいのか。

 ふざけるな!

 轟音と共に舞い上がった塵に、視界が埋め尽くされた。そうしてから、ここが地下なのではないかと思い当たった。だとしたら、地盤沈下とか起きてそうだな。ぼんやりと上を見ていたら、汚い咳払いが聞こえた。

「げっほ!シャレんなんねぇなこれ!」
「あっぶなかったなー」
「二人とも、怪我ないですか?」
「さすがにちっちゃくってもアニキやね」
「ま、今のひーちゃんの方がつえーけどな」
「なんやねんその無駄な対抗心」
「あ、劉さん、すりむいてますよ」
「こんなの、舐めなくても治るわ」
「駄目ですよ、小さい傷でも甘く見たら大変な事に」
「あーはいはい!わっかりましたー!」

 なんで生きている。え、あれ?おかしくないか?すりむいたって、それだけか?普通の人間なら蒸発していてもおかしくないほどの威力なのだが。呆然としていたら、青龍刀の奴がこちらに顔を向けた。

「アニキ、怪我せぇへんかった?」
「けっこー思いっきり弾いちまったからな」
「相殺するって思ったより難しいんですね」
「あー、ひーちゃんいつもすっげぇ簡単そうにやるからなー」

 黄龍の氣を相殺するだと?難しい以前に、可能なのか?ところでさっきからチラチラ出てくる「ひーちゃん」というのは何者だ。黄龍の氣を簡単に相殺するのか。人間かそいつ。
 3人が気安い仕草で歩み寄る。後退しても活路はない。そう判断し、俺は眼前に迫る3人の男をじっと見詰めた。隙はどこだ。突くべき場所は、どこにある。距離を測る俺を、赤毛が苦笑しながら見下ろした。

「あー、まあそう警戒すんな」
「そうそう、怖い事あらへんよ」
「なんか野良猫みたいですね」
「野良猫は黄龍ぶっ放さねーよ」

 背中に壁がぶつかって、俺はようやく自分が無意識に後退していたのだと気がついた。素早く視線を走らせるが、逃げ場はない。逃げるだと?この俺が?莫迦な、この俺が怖がって逃げるだと?眼前に突きつけられた怯懦を振り払い、歯を食い縛って視線を上げる。奴らは、もうこちらを見ていなかった。
 やるなら今だ。そう考えた瞬間、洋剣の奴がこちらを見て、武器を持っていない方の手を上げた。剣を持っているからといって、他の手段を持たないとは限らない。差し出された手の平がどのような攻撃に繋がるのか、見極めようと目を凝らす。

「あの、ほんとに、僕ら敵じゃないんで」
「アニキ、活剄やったるからこっちおいでー」
「活剄で治るのか?」
「さあ、分からんけど」

差し伸べられた手は、特に攻撃するでもなく無防備にこちらに向けられている。相手が動かないのでは、こちらも動きようがない。一気に潰すのは不可能だという事はもう分かった。ならば、どうすればいい。考えろ。

「えーと、思いっきり警戒されてますね」
「よし、じゃあ俺が仕掛けたらお前ら横に回り込め」
「いきなり力技かいな」
「でも、龍麻先輩ですよ?」
「死なないように気をつけろ」
「どっちが?」
「両方とも」
「が、頑張ります」

連携されたらまずい。撹乱して、一人ずつ潰していくのが得策か。そう判断し、まずは赤毛に向かって走り出した。
 意表を突かれた赤毛が得物を上げるより早く、方向転換して脇に滑り込む。がら空きの脇腹に、まず一撃。直後に身をひるがえし、木刀が振り下ろされる前に身を離す。横から青龍刀が突き出てきたが、これは予想していた。難なく射程距離からの離脱を果たす。しかし、入れた一撃は大して効いていないようだ。後退して衝撃を逃がしたのだろう。

「あああ!すばしっこい!」
「この、クソガキっ!」
「京一先輩!落ち着いて!相手は子供ですよ!」
「その子供に、痛そーなの貰ってはったなぁ」
「うるせぇ!おいこらクソガキ!」
「劉さん!煽らないで!」

赤毛が刀先に氣を集中させ、それを放り投げるような動作でこちらに飛ばした。耳をかすめていった剣氣の行方は無視して、腕を上げた赤毛の懐に走り込む。これは読まれていたらしく、待ち受けていたのは鋭い突きだった。身を沈めて躱したが、直後に軌道を変えて追ってくる。活路を探して横に移動したその瞬間、俺は死を覚悟した。

「いくぜ、諸羽!」
「はい、京一先輩!」

2人の氣が絡まり合って、刃と同じ色の風を起こす。自分の意思で踏んだと思っていたこの場所に、真実は追い込まれたのだと理解して、死の恐怖よりも屈辱に耐え切れず叫んだ。
 氣が刃となってこの身を引き裂く前に、俺は自分の中に空洞を作った。忌々しい黄龍が、歓喜の声を上げて流れ込んでくる。俺は器なんかじゃない。受け入れるなんて無理だ。あんな醜い化物に、髪の一筋すらくれてやるものか。全て解放してやる。何が壊れたって知らない。むしろ壊れろ。
 こんな奴ら、全部ぶっ壊してやる。












 爆風が収まり、辺りが静かになった。舞い上がった粉塵はまだ視界を塞いでいる。この身を道として開放された黄龍は、俺以外の全てを吹き飛ばした。動く物の存在しない地で、呼吸を繰り返す自分の体が煩わしい。

 感じたのは、太陽のような氣だった。左右と後方から互いを呼び合う声がする。攻撃的な氣が真直ぐに自分へと向かっているのを察したが、何故か今度は怖くなかった。殺戮が終了した筈のこの場所で、立っているのが自分だけではなかったのだと、俺は心のどこかで安堵している。
 白刃のような氣が向かってきたが、いっそ懐かしむような気持ちでそれが自身を貫くのを待った。予想するまでもなく、確信していたとおりの軌道で、つまりは真直ぐに奴らの攻撃が衝突してくる。刹那に、耐え切れるだろうかと脳ではない部位で考えた。この体は、まだ生き延びようと足掻いている。浅ましいと嘲り、同時に歯を食い縛った。

 衝撃が終わっても、俺はまだ立っていた。どうやって凌いだのか、自分でも分からない。本能と称されるものだろうか。無意識に取っていた防御態勢を解き、周囲で喚きたてる声を聞き流す。

「京一先輩!本気でやったでしょう!」
「あ、わりー忘れてた」
「あああアニキ!生きとる?」
「龍麻先輩!ごめんなさい大丈夫ですか!」
「ちっくしょー、やったと思ったんだけどな」
「やる気だったんかい!」
「見損ないましたよ!こんな小さい子に!」
「いーじゃねぇか、なあひーちゃん?」

赤毛の奴が俺を見て、何かとても楽しい事の真最中みたいに笑った。

「手加減されるより、よっぽどマシだろ?」

なんだか腹が立ったので、防御に使った為にボロボロになった腕を振り上げて、走り出そうとしたら顎が地面にぶつかった。膝が体重を支えるのも難しいほど疲労している。駆け寄ってきた奴らの手を振り払い、震える膝を叱咤して立ち上がった。
 赤毛の奴はじっと俺を見ていた。その眼差しを受け止め、視線で貫くように睨み返す。

「龍麻先輩って、ちっちゃい頃からこんなだったんですね」
「あーもーアニキー、人の気も知らんとー」
「これ、戻ったら記憶とかどうなるんでしょうね」
「どうなったって変わんねぇだろ」

ああそうだ、俺は変わらない。そう言うと、赤毛が満足そうに破顔した。洋剣と青龍刀の奴らが、額を押さえて嘆息する。

 青龍刀の奴が、性懲りもなく俺に手を近づけて氣を放った。もう振り払うのも億劫だったので、黙ってそれを許容する。何かが剥がれ落ちてゆくような感覚に、思わず身を委ねそうになって慌てて気を引き締めた。強情やね、と困ったように呟く声が、徐々に遠くなる。

 次に会った時は、絶対に勝つ。
 誓いは届いただろうか。届かなくても必ず果たすから、どちらでも構わないのだが。













VS真神の面々
※収集つかないまま終わってます。