騙されているとも知らずに。

 葉佩が化人に向かって銃弾を発射した。正確に急所を狙撃された巨大な異形が、奇妙な断末魔を撒き散らして光に返る。それを確認してから、葉佩が背後に立っていた皆守に向き直った。口の端に、「どうだ!」と言わんばかりの笑みを貼り付けて。

「なんだ、もう終わっちまったのか」
「何を期待してんだこの半径3メートルお花畑野郎」

嬉しそうに吐き捨てて、葉佩がライフルを肩に担いだ。その背中を見詰めながら、皆守が心でもう一度呟く。お前を狩るのは、この俺なのに。
 鼻歌混じりに扉を開く男を、それでも皆守は愚かだとは思わなかった。無防備に向けられる背中も、自慢げに提示される手柄も、信頼などではないと分かっていた。葉佩はきっと、誰も信じていない。友人だと嘯いて隣に立つ皆守も、はっきりと害意を露にした阿門も、彼にとっては同等の価値しか持たないのだろう。自分と、それ以外。葉佩の世界には、その二つしか存在していない。そう思っていた。

 もしかしたら、その隙間にも何かがあるのでは、などと考えたのは、ある日の午後だった。
 陽射しが弱く、屋上での昼寝は少々難儀な日。それでも皆守は頑ななまでにその場所で寝転んだ。はっきり言って寒い。硬いコンクリートに体を横たえながら、やっぱり保健室に行こうか、しかし今日は劉の機嫌が悪かった、などともやもやしながらも微睡んでいた。その耳に、ドアを開く音が届いた。実のところ、近付く気配は察していたのだ。その足音の主にも見当が付いていたので、皆守は目を開ける事もせずに接近を許容した。

「うお、さすが屋上の支配者」
「・・・」
「こんな日でもやっぱり屋上なんだ」
「・・・」
「あ、でも日向はあったかいな」
「・・・」

一人でも喋り続ける葉佩に相槌は必要ない。いつものように話しかけるような口調で独り言を発しつつ、目を閉じて横になった皆守の隣に座る。そうして、暫く無言でロックフォードのレベル上げに熱中していた。始業の鐘の音に顔を上げたが、先程から微動だにしない皆守を確認してそれに倣う事にしたらしい。H.A.N.Tを閉じて上体を伸ばし、ふと視線を落とす。

「皆守」

囁くような音量で、そっと名を呼ばれた。もしも本当に寝入っていたら、記憶には残らなかっただろう。そろそろ背中が痛くなってきていたので、皆守は目を閉じたまま声の発信源に手を伸ばした。触れた体が予想外に温かくて、離れる事が出来ないのには困った。起きようか、それとも寝惚けた振りでこのぬくもりを堪能しようか。そんな二者択一が出てくる時点で、完全に寝惚けていたとしか思えない。それでも危機には自動的に反応する体を、皆守は自覚していた。

「うわ、手ぇ冷てーなお前」
「・・・」
「つーか寝てんの?」
「・・・」
「マジ寝?ほんとは起きてる?」
「・・・」
「皆守?」
「・・・」
「皆守」

 危険が迫れば、《墓守》の体は自動的に能力を発揮する。たとえ深く眠っていても、《墓》に侵入した者を察知して動く。存在そのものが、そのように作り変えられているのだ。だから葉佩のその行動に度肝を抜かれはしたが、危機は感じなかったという事になる。つまり葉佩のそれは害意や悪意ではなく、他の何かだったと、そういう事だ。どういう事だ。
 驚愕のあまり声も出せずに跳ね起きた皆守に、葉佩は目を見開いた。

「・・・みなか、みっ、起きっ、てたっ?」
「おい葉佩」
「おまっ!寝たふりとかっ!」
「お前、いま俺に何しやがった」

問うておきながら、皆守はその答えを聞く前に攻撃を開始した。
 《墓》の危機には敏感でも、人間としての危機には鈍感な己を呪った。もう既に呪われている事など忘れ、本気で呪った。阿門の胸倉を掴んで問い詰めようかと思ったほど呪った。阿門は関係ないのだが、それすらも忘れるほど呪った。
 感情にまかせて振り上げた左足は、葉佩の右肩を掠めた。野郎、腐っても《宝探し屋》か。口中で毒づき、振り抜いた遠心力を乗せて二撃目を落とす。葉佩が後退し、ポケットに手を入れた。だが武器を取り出す間は与えず、一息で距離を詰めて間合いを奪う。踏み出した足を軸に、脛を刈り取ろうと低く走る。
 頭上で涼やかな音が鳴った。葉佩が愛用している日本刀が、鞘を滑る音だ。どこから出した、とは言わないでおいた。不思議なポケットは、もう皆守の日常の一部になっている。既に接するほど近くなっていた床に身を投じ、降ってきた刃を躱す。葉佩の左下に転げ入り、眼前に現れた脇腹に浴びせ蹴りを突き刺した。数歩だけよろけた葉佩に、しかしダメージは見えない。胴体は防具に守られていたのだと、苦々しく思い出す。打ち込んだ反動でくるりと身を起こした皆守に、葉佩が獣のように笑って見せた。

「詫びる気は無い、か?」
「あ、いや、寝込みを襲ったのは悪かった」
「それで?」
「でもさ、ええと、あー」
「5秒、4、3、2」
「秒読みやめて!意味わかんないけど怖い!」
「分かった、やめてやる」
「お、おお、ありがと、何かが助かったような気がする」
「気のせいだ」
「・・・あのね、皆守」
「おう」
「やった事は、謝んない」

真っ直ぐに言い放った葉佩を見て、皆守は漸く気付いた。この男が《転校生》で、《宝探し屋》で、排除すべき対象で、それ以前に人間であった事に。そして皆守は、「人間」を殺せる人間ではなかった。《墓守》という鎧を失えば、脆弱で情に流されやすいただの少年だった。狂気のような情熱で突き進む男を相手に戦えるほど、確かなものなど持っていなかった。
 それでも、与えられた役目を投げ打つ事は出来ない。魂はもう、捧げてしまったから。

 皆守はそれ以来、恐れている。葉佩と、彼の前に立つであろう未来を。隠していた自分の弱さを、葉佩が見出す日を。
 その時を心待ちにして暗く笑っている葉佩の欲望など知らず、ただ友人を裏切る自分を恐れた。

 騙されているとも知らずに。













葉佩視点