横から襲ってきた鉤爪をグリップで払い除け、前方でうごめく化人に発砲した。僅かに急所を外れた銃弾が、それでも異形の動きを止めたのを確認する。右腿に差してあったナイフを抜き、耳元で不快な音波を発生させる蝙蝠(仮)に突き立てた。生命を殺傷しているような錯覚に陥ったが、その不快感を深く沈めて再び銃を構える。今度こそ正確に急所を撃ち抜き、葉佩は息を吐いてからチラリと背後に視線を投げた。

「なんだ、もう終わっちまったのか」
「ん?もっとじっくりやる方が好み?」

そう言って口の端を上げれば、皆守はさも不愉快そうに顔を歪めて煙を吐き出した。潔癖な処女のようだ、などとは、間違っても口には出さない。銃弾を発射する瞬間にその目が冷たく研ぎ澄まされたのも、気付かない振りをする。
 皆守は、この《墓》の一部だ。葉佩が自分の体内に侵入するのを、ただじっと見ている。最奥に到達するまで、獲物が罠にかかるのを待つように、じっと耐えている。それで隠しているつもりか、とは思うが、やはり口には出さない。溢れそうな想いを必死で閉じ込めて、それでも堪えきれずに零す声は、葉佩の心臓をやけに甘ったるく刺激した。
 遠くない未来の映像を思い描き、葉佩はひっそりと笑みを浮かべる。継ぎ接ぎだらけの友情ごっこを、それでも続けようとするこの健気な男は、まだ自分が狩る側なのだと信じている。葉佩が、本当にただ純粋に秘宝を求めて扉を開いているのだと思い込んでいる。

 気だるげな風を装って、まるで偶然のように近付いて来た男を、葉佩はその時点で敵だと認識していた。具体的にどのような役目を負っているのかは判じかねたが、まるでそれが本意ではないのだとでも言うように振舞うのには、今でも辟易している。生きる覚悟すら果たせず、どうして《宝探し屋》の前に立とうとするのか。
 本当は弱いくせに、怖くて仕方が無いだろうに、それでも皆守は葉佩の隣に立っていた。冬が深まるにつれて、その表情が冷たくこごってゆく。「俺を信じるな」と全身で叫ぶ皆守が、ずっと憐れでならなかった。そんなに怖いなら逃げ出せばいいのに、と、葉佩はいつも思っていた。口に出した事は無いが。

「皆守、格闘技って好き?」
「は?いや、どっちかってーと嫌いだな」
「あーやっぱりね」
「殴り合って何が楽しいのか、さっぱり分からん」
「男は強くなきゃいけないんだよ!」
「あ、俺いまから女扱いでいいぜ」
「おっけー任せろ」
「こっち来んな」
「やっべ!その反応すっげぇ楽しい!」

その足運びは無意識なのか。せめて、過去に習い事でもしていた、というような弁解が無ければ、到底その動作の言い訳は出来ないと思うのだが。葉佩が投げつけたタバスコの瓶(どうして投げたのかは忘れた)を、スプーンを口に運びながら受け止める。廊下で寝技に持ち込もうとしたら(どうして寝技に以下略)、見惚れるような体捌きで綺麗に受け流された。事あるごとに(なくても)ゆらゆらと揺れているのに、その軸がブレているのを見た憶えも無い。
 そして二人きりになると、何故か酷く切なそうな目で葉佩を見るのだ。葉佩がまるで友人のように振舞う度に、《宝探し屋》の矜持を口にする度に、皆守は見ていて思わず頬を引き攣らせてしまうほど悲しそうな顔をする。演技かとも疑ったが、そうだとしたらどう考えてもやりすぎだ。つまり、皆守は本気で悲しかったのだろう。級友を演じてみせる葉佩の、その偽りの信頼が。

 騙されているとも知らずに。

 投げ出してしまえばいいのに、と、葉佩はずっと思っていた。そして、それを許さない世界、即ちこの《墓》と呼ばれる機構に、いつしか憎悪すら抱いていた。俺が解放してやる。いつか、お前を救ってみせる。我に返ればなんとも傲慢な誓いを、知らず心に浮かべていた。
 それが本当に子供染みた独り善がりなのだと気付いたのは、彼が微笑んで手を振った時だった。結局、二人が恐る恐る積み上げた奇妙な関係は、この崩れ去る石の遺跡よりも脆くて不安定だったのだろう。砕け散った欠片を拾い集めて組み立てなおす意思も余裕も、葉佩には存在しなかった。
 結局、何一つも残らなかった。