皆守がアロマに歯を立てて、ポケットの中で拳を握る。ほぼ同時に、葉佩がナイフに付着した化人の体液を払って鞘に収め、ライフルを担ぎなおす。
皆守は恐れていた。薄く笑みを浮かべる時も、カレーについて語る時も、八千穂に名前を呼ばれる時も、葉佩を呼ぶ時も、アロマに火を点ける時も、皆守はずっと恐れていた。今も恐れながら、葉佩の背中を見やる。そうすると、何も察していない愚鈍な男が振り向いて言った。
「皆守、疲れた?」
「疲れた」
「すげぇ眠そう」
「眠い」
「キャラメル食う?」
「それがカレーなら」
「キャラ弁ってあるよね」
「キャラメル弁当の略じゃないぞ」
「今日のお弁当はキャラメルよ!」
「・・・」
「ひゃっほうキャラメルだー!」
「・・・」
「あ、どうしよう悲しくなってきた」
「がんばれ」
「がんばったねって言ってくれた方が嬉しいな」
「お前はよく頑張った、もう休んでいいぞ(永遠にな)」
「心の声は秘めといて!」
「永遠にな」
「大丈夫、言わなくっても分かってるよ!」
「永眠しろ」
「俺と皆守の心が通じ合ってるって証明されたんだね!」
虚空に向かってそう言って、葉佩はキャラメルではなく取り出したチョコレートを二つに割った。きれいに二分割ではなく、片方が大きく、片方が小さい。不均一な欠片をしばし見詰め、葉佩は大きい方を皆守に差し出した。
葉佩のささやかな葛藤に気付きはしたが気付かぬふりで、礼も言わずに受け取って口に入れる。それを見た葉佩が満足そうに微笑んだのも、気付かなかった事にする。
「皆守、キャラメルって噛む派?」
「その時の気分による派だな」
「今はどっちの気分?」
「コーヒーが飲みたい気分」
「こんな夜中にコーヒーなんか飲んだら眠れなくなるよ」
「チョコ食べるとコーヒー飲みたくならないか?」
「ああ、甘い物を食べたら苦い物でバランスを取ろうっていう本能だね」
「お前の本能ってだいたい何も生み出さないよな」
「夢が生産的とか言っちゃうお前には言われたくないな」
葉佩は話しながら、手の中のキャラメルに、先ほど化人に斬りかかったコンバットナイフを当てようとしている。制止する者がいなかったら、キャラメルは化人の体液と混じり合ったまま差し出されるのだろうか。しかし皆守が制止する者として名乗りを上げる前に、葉佩が次の扉に到達した。杞憂に終わった懸念を振り払い、皆守もそのあとに続く。
今夜こそはと、夢見るように思う。今夜こそ、彼は死んでくれるだろうか。
皆守は恐れていた。ポケットの中で爪をはじく。そんなかすかな音は、葉佩の耳には届かない。
口の中が苦くて甘い。
葉佩視点
→
葉佩が今夜も地下に潜ると言うので、強引にそれに同行する約束を取り付けた。あの赤い部屋で対峙する夢ばかり見ていたので、この状況は予想外だ。《墓》のこれより先は、皆守も知らない。
唐突に出現した空洞に、葉佩がためらいなく飛び込む。いっそ嬉しそうだった。
そうか、ここが終わりの場所か。皆守は特に感慨もなく、ぼんやりと辺りを見回した。昂揚する葉佩に、祝福を告げる。
「おめでとう」
「うん、皆守のお蔭だね、ありがとう」
いつ言い出すかと思ってたけど、と微笑む葉佩は、すっと目を細めて銃を構えた。いつも毛を逆立ててる猫みたいだったよ。俺はそれが好きだったのに、なにその顔。冷たく光る瞳が、ゴーグルに覆われた。
「がっかりだよ、待ってたんじゃなかったのかよ。俺はずっと」
言い終わる前に、遮るように皆守は床を蹴った。
葉佩が待ち望んでいたこの時を、皆守はずっと恐れていたのだ。
はっきりと失望を浮かべた顔が見えて、ほんの少しだけ悲しくなった。
無為な心を沈めて鍵をかける。
意識はもう、赤一色に塗りつぶされている。
味が、今も舌に残っている。苦くて甘い味が、今でも。
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