彼の動向を知るのは、それほど難しい事ではない。
 今では彼も協会が誇る凄腕のハンターだ。耳を澄ませていれば、噂ぐらいは聞こえてくる。噂が聞こえてくるという事は、彼はまだ生きているという事だ。今回も、彼は生還したらしい。葉佩は安堵して飛行機に乗り込んだ。

 暗い隧道を走る。残弾数を思い浮かべながら、固く閉ざされていた扉を開く。あと26発、25、24、23。異形の番人が咆哮を上げて迫ってくる。肩をかすめた鋭い爪が、ジャケットを少しだけ引き裂いた。肉も、ほんの少しだけ。
 6本足の異形が、複雑な軌道を描いて床を這い回る。予測が難しい。弾丸が当たらない。苛立ちに舌を打つが、そんな些細な八つ当たりで事態が好転するはずもないのは、葉佩もよく分かっている。

 少しばかり銃器の扱いに慣れていたのは、それが必要な環境にいたからだ。同じような環境にいて、葉佩よりも優れた能力を持つ者は多くいた。卓越した才能だとか、特殊な技能だとか、葉佩はそんなものとは無縁の、ごく平凡な男だった。そして、誰よりも本人がそれをよく知っていた。
 まるで英雄に憧れるように、彼は葉佩を見つめた。お前なら、お前だから、そんな視線がたまらなく嬉しくて、どうしようもなく疎ましかった。
 本当は彼の方が優れていたのだと、葉佩は今でも思っている。そして、彼がそれに気付くのを、期待しながら恐れている。

 遺跡を守る異形が、光になって消え失せた。この遺跡の神性と聖性は蹂躙された。深い闇は白日の下にさらされ、永い時を経て秘され続けた真実は、貪欲な知識欲によって研究対象へと変わり果てる。嘆きも祈りも、もうここには存在しない。
 彼は、今でも守ろうとしているのかも知れない。人の手に落ちた静寂と闇にたたずみ、ふと葉佩はそんな事を考えた。彼が守ろうとしたすべてを壊し尽くして、葉佩はあの夜、勝利した。後悔などではなく、ただ思い出したのだ。それだけだ。












 今回も、どうにか死なずに済んだ。
 協会の支部に顔を出すと、顔見知りのハンターが、彼がまた戦果を挙げたと、頼んでもいないのに教えてくれた。研究員たちが寝る間も惜しんで泣きながら喜んでいる、と笑いながら話すその顔に、葉佩は疲れた体を強く自覚する。

「あの人、あんたが見つけてきたって聞きましたよ」
「そうだよ、俺が最初に見つけたんだよ」
「アメリカ大陸発見みたいですね」
「?」
「白人にしてみれば発見でしょうが、あそこにはもともと住んでる人がいたんですよ」
「・・・ああ」
「俺が見つけたんだから俺のものだ、なんて言わないでくださいよ」
「俺がそんな事、言うと思うのか?」
「言いたそうでしたよ」
「なんで分かった」
「隠す気もないくせに」

 後輩でもあるそのハンターは、葉佩に一応の敬意を払う。だからといって、発言を控えたり、不必要に距離をおく事もしない。この後輩のそんなところが、葉佩は好きだった。
 今は遠い日にも、彼とよく似た後輩がいた。懐かしい顔をふと思い出し、元気でいるといい、などと、祈りのように無為に願う。

「隠す気は、なくはないんだけどね」
「言ったらいいじゃないですか」
「さっきと言ってる事が違うよ」
「だから、俺にじゃなくて」

 あの人に、とは、その後輩は言わなかった。これでも必死で隠しているつもりだと、葉佩も言わなかった。

 狭量で臆病で独り善がりだと、せめてあの人には隠しておきたいのだ。
 銃を撃つのが下手だとか、怖がりで逃げてばかりいたから生きのびただけだとか、拒絶されたくないから踏み込まないだけだとか、本当は生きる事も死ぬ事も恐ろしくて仕様がないだとか、そんな事を、何かを命をとしてまで守ろうとしたあの人には、知られたくない。
 後輩ハンターは、呆れたように投げやりに、同じ言葉を繰り返した。

「言ったらいいじゃないですか」
「お前は俺のものだって?」
「ああ、それはやめた方がいいですね」
「思いつきだけで喋るな」
「でもあんた、俺の言う事なんて、どうせ参考にもしないでしょう?」
「参考にぐらいは、する、事もあったりなかったり」

 後輩は目を伏せて少しだけ笑って、そうしてから葉佩を見て、幼い子供に言うように言った。

「あんたは、自分で思ってるほど嘘うまくないですよ」

 なんだか打ちのめされたような気分になった。












 耳を澄まさずとも、彼の噂は耳に入る。
 彼は協会が誇る稼ぎ頭だ。取り立てて仲が良くもない同僚から、特に親しくもない事務員から、行方どころか些細な言動まで、聞きたくもないのに聞こえてくる。
 だから、怪我をした訳でもないのに彼が休暇をとった、という情報を得たのも、皆守の望むところではなかった。

 彼の部屋のドアをノックしたのも、何がしかの意味を持つ行動ではなかった。旧知の友人と会う事で、変わらないものがあるのだと確認したかったのかも知れない。あるいは、変化している彼を見て、時間は間違いなく流れているのだと確認したかったのかも知れない。
 ノックに応えてドアを開けた男は、皆守を見て、記憶にあるとおりに笑った。彼が記憶しているであろう表情で、皆守も笑って見せる。口の端を少し歪めて、相変わらずだな、と。

 彼は目に見えてはしゃいでいた。秘蔵の酒など出してきて、手ずからアテまで作ってくれた。彼も自分と同じように、あの頃を懐かしいと感じているのかと思えば、悪くない気分だった。

 酒もすすみ酔いもまわり、口数も少なくなった。彼は微酔いを楽しむように、ぼんやりと窓の外を眺めている。ねえ皆守、と彼が不意に名を呼んだ。彼に呼ばれたのは、いつ以来だろう。じわりと酒に侵された頭で、そんな事を考える。
 返事もせずに彼の声を待っていると、彼は「みなかみ」とまたささやく。彼が何を言おうとしてためらっているのか、皆守には察せられた。

「つらいね」
「ああ、そうだな」

 心から同意して、彼を憐れむ。つらいよな。吐息のように彼を肯定する。
 彼に殺されたいと考えていた事を、脈絡もなく思い出した。許されるはずがないと、庇護されながら思っていた。呪われた我が身を憐れみ、彼が殺してくれるのを待っていた。

 そうだな、葉佩。つらいな。声にはならなかったかも知れないが、彼には通じたようだ。

「ねえ皆守、疲れたよ」
「ああ」
「もうやだ」
「うん」
「もう、生きるの、つらい」
「そうだな」

 グラスの底に残っていたウィスキーを口に入れながら頷く。様々な言葉と、言葉にならない感情ごと飲み込み、皆守はただ頷いた。
 そうか、お前も、つらかったり、疲れたり、苦しかったりしながら、まだ生きているのか。
 それは何よりだ。