ある日、葉佩は考えた。皆守のつむじはどこにあるのだろう、と。だが思考で得られるのは仮説でしかない。真実に辿り着く為には行動が必要だ。この身を投げ出す覚悟すらなく、どうして真実など得られよう。そんな訳で、葉佩は真昼の教室で手を伸ばしてみた。
伸ばした手は鋭く叩き落とされ、心底から鬱陶しそうな目で見られて、あからさまに舌打ちまでされた。真正面からでは目的を達成するのは難しい。そう判断し、別の手段を講じる事にした。
「皆守ー、コーヒー飲む?」
「何を企んでる」
「たっ企んでなんかねぇよー」
「どっちにしろ飲まない」
「じゃあカレー食う?」
「食う」
葉佩は一瞬だけ目的を忘れて、友人の行く末を案じた。大丈夫かなこいつ。こんなんでこの先ちゃんと騙されずに平穏に生きていけるのかな。カレー詐欺とかに遭わないかな。こいつの保証人には絶対なっちゃ駄目だな。しかし、それも一瞬だ。皆守がカレーを食べ終える頃には、探究心のみを心に掲げる《宝探し屋》の顔に戻っていた。
葉佩の感覚できっかり5分後、皆守は動かなくなった。床に突っ伏したままでは間接を痛めるだろうと考慮して、脱力した体をベッドまで引きずって運んでやる。それでなくとも彼は日頃から腰が痛いとぼやいていた。可能な限り丁寧に、探究する対象に礼儀を欠いてはいけない。不用意に傷つけるのは本意ではない。目的は、ただ真実。《宝探し屋》とはそう在るべきだ。
そんな訳で皆守をベッドに投げ落とし、葉佩はグローブを脱いで柔らかい髪に手を差し込んだ。
そうして2分19秒後、目的を完遂した葉佩は満足して顔を上げた。見つけてしまえばなんの事はない。あれほど魅力的に見えた気紛れな毛先も、今は電池が切れた暗視ゴーグル程度の価値しか感じられなかった。
乗り上げていたベッドから降り、ようとして、葉佩は動きを止めた。室内でも脱いでいなかった上着の裾を、皆守が握り締めていたからだ。死後硬直という単語が脳裡をよぎり、いや死んでないから、と慌ててその単語を散らす。その間に、皆守は両腕で埃っぽい上着を胸に引き寄せていた。当然ながら上着の中身、つまり葉佩本体も引き寄せられた。
もう目覚めたのかと覗き込んでも、無防備に弛緩した顔しか見えない。そろそろ寒くなってきたので暖房器具を欲しているのだろうかとも疑ったが、離れようとする薄汚れた上着より、近くにある毛布の方が格段にあたたかいだろうと気づく。首を傾げつつも手をほどこうと触れて、葉佩はまたしても動きを止めた。今度はなんらかの物理的要因があった訳ではない。ただ、何故か葉佩は動けなくなった。
「皆守?」
覚醒を促そうと名を呼ぶが、返るのは寝息だけだ。上着を掴む指に手を置いたまま、安らかな寝顔を見下ろす。
怠惰な彼は、意外と気配に聡い。熟睡していると思って迂闊に近づくと、予想外の反撃が飛んでくる事も多かった。指に触れていた手を、そっと頬に伸ばしてみる。障碍は存在せず、裸の手は容易に皮膚に触れた。
やばい、どうしよう。
皆守の頬に触れたまま、身動きがとれなくなった。彼が目を覚ましたら、と考え、恐怖に身震いする。激しく音を立てる心臓は、本当に恐怖が原因なのだろうか。そんな疑惑にぶち当たり、葉佩は混乱した。みなかみ、と無意識に呟いた声は、助けを求めるように弱々しい。こんな状態異常は知らない。どうすればいいんだ。
皆守の手は、まだ葉佩の上着を握っている。しかしよく見れば、その手が拘束するほどの力を有していないのが判断できただろう。しかし葉佩には、冷静に観察するほどの精神力は残されていなかった。束縛を振り切るような勢いで身を離し、そのままベッドから落下して床に叩きつけられた。暫し無言で痛みに耐え、衝撃が去るのを待つ。
14分39秒が経過した時、葉佩は衝撃が去った後もなんとなく座り込んでいた床から腰を上げた。皆守はまだ目覚めない。恐る恐る覗いてみても、完全に脱力した寝顔しか見えない。額をぐりぐりしてみても、髪を引っ張ってみても、鼻を摘まんでみても起きない。
葉佩の胸に、新たなる探究心が湧き上がった。先程は気にも留めなかったが、皆守という男をこんなにも注視できる機会は少ない。髪の他にも観察すべき箇所はある。まずは仰向けの体をひっくり返して、背中を観察する事にした。背中に目があるとかなんとか、いつだったか言っていたような気がする。本気にした訳ではないが、完全に否定する根拠を葉佩は未だ持たない。
意識を失った人間を脱がすのは面倒臭かったので、見慣れた部屋着の上から触れてみる。肩甲骨の辺りから腰椎へと手の平をすべらせ、もやもやと漂っていた疑念が明確な形を持ち始めるのを感じた。
次に、意識的か無意識的かは分からないが、彼が最も頼りとする脚部。緩みきったこの状況ですら、確かな弾力と硬度を保っていた。普段のじゃれ合いには、彼の能力のほんの一部しか使用されていなかったのだと察する。手加減されていたのだと、ずっと前から知っていた筈なのに腹の辺りが熱くなった。くそ、皆守のくせに。
立っているのも億劫だと言わんばかりの気だるい仕草は、本当にこの肉体が行っていたのだろうか。
一通りの探索を終え、葉佩は今も懐に隠し持っている鉄の存在を強く意識した。
気配に聡く、洞察に長け、五感が鋭い。そして何よりも、研磨され、削落され、炎に焼かれて作られたこの肉体は、無音でそれを明言しているにも関わらず、傷一つ存在しないのだ。葉佩には、それで充分だった。
自分の左胸に、右手を当てる。覚悟など必要ない。セフティを解除して、トリガーを引く。それで終わる。銃口で前髪を掻き分け、額に押し当てる。
よりにもよってまさにその時、皆守が目を開けた。半開きの目蓋が何度か重たそうに瞬く。トリガーに掛かった指は、凍りついたように動かない。それどころか、葉佩は視線すら微動だにできなかった。
「おい葉佩、何してやがる」
低く、囁くように声が発せられた。葉佩はまだ動けない。声も出ない。皆守が無造作に銃身を払い除けても、自分の意思では指先さえも動かせなかった。
ゆっくりと、殊更に気だるげな動作で皆守が身を起こす。白い手がゆらりと揺れて、葉佩の顔に近づいた。
「みなか、み」
「おいこら葉佩」
「・・・」
「何をしてるのかと訊いてるんだ」
苛立った声とほぼ同時に、両の米神に拳が当てられた。そのまま捻りを入れて圧迫される。脳に響くような激痛に、葉佩は思わず銃を投げ出した。
「人が寝てる間に、何をしやがったんだと、訊いてるんだ俺は!」
「痛い痛い!未遂です何もしてません!」
「じゃあ、何をしようとした?」
「ごごごごめんなさい、殺ろうと、しました」
「ほう、犯ろうと」
「違います間違ってます皆守さん」
「お前は産まれてきたのが間違いだったな」
「そっそんな、ほんとのこと言うなよ悲しくなる」
涙ながらに訴えると、皆守は拳をほどいてくれた。だが侮蔑と嫌悪を含んだ目は射るような強さで葉佩を貫いており、殺意すら滲ませている皆守が表情を和らげる気配はなさそうだ。戦う為の肉体を持ち、それを秘めたまま友人のような顔をして隣に立っていた男は、薬を盛られて眠らされて目覚めたら銃口を突きつけられていたこの状況を認識して、殺される危惧ではなく、どうやら不埒な悪戯をされる心配をしていたらしい。葉佩には、それで充分だった。
自分の左胸に、右手を当てる。覚悟など間に合わず、そこは既に走り出していた。
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