気味が悪いほど騒がしい星を睨み、葉佩は隣で紫煙をくゆらす人を見ないようにした。彼を信じてはいない。今でも疑念を抱いている。本当に彼は理解しているのだろうか。耳元で金属を連打されているような、この不快感を。
 彼が煙を吐き出す。その音までもが甘ったるく感じられて、葉佩は奥歯を噛み締めた。酷く凶暴な気分になる。誰でもいいから傷つけたい。壊したい。でも壊してしまったら、結局のところ修理するのは自分だ。傷つけてしまったら、間違いなく後悔する。だから葉佩はじっとその衝動をこらえて、ただ星を睨んだ。

「何を迷ってやがる」
「迷ってねぇ」
「じゃあ早く言え」
「うるせぇ」
「眠くなってきた」
「じゃあ寝ろよ」

視線は空に向けたまま吐き捨てると、彼が地面に横たわった。この草むらで、昼間はバッタを見つけてはしゃいだのを思い出す。死者の霊魂という名の虫だと言って、彼は陽射しの下で薄く笑った。殺してやりたいと本気で考えたのだが、彼はまだ生きている。腑に落ちない。なんでだ。本気だったのに。
 無防備に寝そべる彼を視界に入れないように、葉佩はゆっくりと慎重に星を数えた。彼が眠る前に、言わなければ。

「皆守」

彼の耳には届かなければいいと思いながら、小さな声で彼の名を呼ぶ。返事はない。安堵しながら苛立って、もう一度。こんな声、彼には聞かれたくない。

「皆守」
「ん?ああ、聞いてる聞いてる」
「まだなんも言ってねぇ!」
「寝てないから」
「寝るなよ!」
「聞けよ、寝てないって言ってるだろ」
「お前が聞け!」
「だから聞いてるだろ」

眠たげな声に、ふと不安がよぎる。盛り上がってるのは自分だけなのか。彼にとってはどうでもいい事なのか。浮かんだ疑念に慌てて否定を被せる。ここまで追いかけて来たのは誰だ。平穏な生活を捨てて、あんなにも望んでいた安眠を捨てて、柔らかいベッドも温かい食事も安定した収入も捨てて、ただ一人を追って明日をも知れぬ闇に身を投げた愚か者は彼の方だ。そんなに俺が好きなのか?などと言って笑ってやりたい。よし、そうしよう。

「あのさ、皆守」
「心配するな、米は俺が守ってやる」
「起きてぇ!」
「お前は肉を守れ」
「野菜も大事だよ!」
「そうだな」

同意が得られた。どうしよう嬉しくない。絶対に目を合わせないと決めていたのに、葉佩は思わず彼の襟を掴んで揺さ振った。ぼんやりと自分を映す瞳に、訳も分からず鼻の奥が熱くなる。
 見るな。お前が憧れた《宝探し屋》は幻なんだ。本当は臆病で卑怯な人間なんだ。闇も孤独も怖くて仕方ないんだ。そんな事、彼は知らなくていい。知らないままでいて欲しい。禁忌と静謐をぶち壊す型破りの英雄でいたいんだ。お前は俺の背中だけ見ていればいいんだ。

「ねえ皆守」
「分かった、たまねぎは俺が炒める」
「皆守ってばぁ!」
「んー」
「待って寝ないでカレーあげるから!」

ポケットからカレーを取り出すと、彼は上体を起こして葉佩を見た。なんだか無性に悲しくなって、スプーンを差し出す手に力が入らない。それでもスプーンがカレーをすくって彼の口に入るのを見ると、心が星のようにざわめいた。同じ風に吹かれた昼下がりを思い出す。並んで歩いた夕暮れを思い出す。向かい合った夜を思い出す。
 葉佩が作った辛辣を、彼が口に入れて咀嚼して嚥下する。早く言わなければと急いていた事も忘れ、葉佩はその動作に見蕩れた。最後の一口を飲み下し、彼が満足そうにスプーンを置く。そうしてから葉佩を見て、少しだけ唇の端を上げた。この表情には見憶えがある。ふいと顔を逸らして笑う、いつもの彼の笑い方だ。

「時間切れだ」
「は?」
「もう待たない」
「え?」
「お前の意思は無視する事にした」

そう言って、彼は立ち上がって服に付着した土を払った。咄嗟に手を伸ばして、彼の服の裾を掴む。すがるように見えただろうが、構わず掴んだ裾を引き寄せた。上から降ってきた溜息に、泣きたくなって顔を伏せる。
 彼が見ていたのは幻だ。それはただ仕事を遂行する為に作り上げた虚構でしかない。彼が葉佩と呼ぶものは、本当はどこにも存在しない。そんな真実には、どうか気づかないで。憐れがましくすがる手など、今すぐ振り払って忘れてしまえばいい。

 握り締めた裾を離せないでいると、彼の重心が移動した。反射的に手を離し、地面に身を投げ出して距離を取る。直後、耳の横を彼の爪先がかすめた。ほぼ同時に舌打ちも聞こえた。無意識に抜いていた銃は、ピタリと彼の心臓に向いている。銃口を真正面から見据え、彼は何故か勝ち誇っていた。

「どうせお前は、俺なんか信じてないんだろう」
「え、ええと、まあね」
「嘘だと思ってるんだろ」
「だって嘘だろ」
「葉佩」

満天の星空を背に、彼が葉佩を呼ぶ。真実のように聞こえるが、葉佩はそれを信じない。

「言えよ」

言わないと決めていた。
 迷うまでもなく、葉佩はもう一人で行くと決めている。決めたところで果たせるとは限らないが、とにかく決めている。裏切ったのは彼だ。もう二度とあんな思いはしたくない。だから絶対に信じないと決めた。それなのに、地球は周ってしまった。星は動いてしまった。
 葉佩が教えた星の名前を、彼は今も憶えているだろうか。夕闇が宵闇になって、今日は何を食べようか、などと無意味な言葉を飽きもせずに繰り返した帰り道、または岐路。微睡む彼に忍び寄ってこっそり眺めた寝顔は、実はきっと寝顔ではなかったのだろうと、今になって思う。
 あんなにも悲しかったのに、悔しかったのに、痛かったのに、ほんの少しの嬉しい事ばかり憶えている。もうあんな思いはしたくないのに、きっとまた求める。葉佩はきっともう一度、忘れないと言った彼と旅をする。

 結局、葉佩は言わなかった。
 彼はうんざりした顔で煙を吐き出しながら、葉佩の隣を歩いていた。