背中で感じた熱の気配は、蓬莱寺を昂揚させこそすれ、貶めるものではなかった。平凡と称するに何ら違和感をもたらさない少年達に囲まれ、その男は遥かに非凡に見えた。異形にすら見えた。己の奥底から湧き上がったその感情を、蓬莱寺は嫌というほど知っていた。

 悔しい。

 霞む頂を見上げ、かつて何度も呟き、また叫んだ言葉だった。それを思い出した。

 今では手に馴染んだ木製の愛刀を横に薙ぐ。返す切っ先で級友の鼻をへし折り、今まさに拳を振り上げた少年の脇腹に一閃。続け様に振り上げた愛刀は、しかし向かう先を見失った。背後に走り寄る足音を、確かに感知していた。だが足音の主は、既に地に伏している。視線を流せば、そよ風にでも吹かれているような表情の、奇妙な転校生。気付けば、己の足で立っている人間は二人だけだった。
 駆けつけた美里が、非難する意思を持って眉をひそめた。暴力とは、存在の否定だ。相手の感情も思想も無視して世界の中での地位を得る、卑劣で野蛮な行為だ。ひそめられた眉が、そう語っていた。それに対する反論は、蓬莱寺には無い。そのとおりだと、苦く認める。彼女のような人だけが存在していたのなら、この世は限りなく優しかっただろう。そして、其処に蓬莱寺の居場所は無いのだろう。












「強ぇな、お前」
「そうだな」
「おー、カッコイイ」

そう言って、蓬莱寺は肩に乗せた木刀を軽く揺らして見せた。今は袱紗に包まれているそれが、蓬莱寺の矜持を形作っている。己は誰よりも強い。圧倒的な暴力を以って、全てを沈黙させる事が出来る。矜持は醜悪で、だが真っ直ぐな形をしていた。証明したい。その矜持が幻想ではない事を。

「なあ緋勇、俺とお前だったら、どっちが強いと思う?」
「俺だ」
「へえ、面白いこと言うな」
「そうか?」
「おう、面白すぎて勃っちまいそう」
「変わった趣味だな」
「お前もだろ」

不敵に唇の端を上げる。それを友好の笑みだと判断するような愚鈍なら、蓬莱寺とてここまで盛り上がりはしない。緋勇が目を細めた。その真っ黒な瞳の奥に、抑圧された欲望が見える。蓬莱寺が狂喜に身を震わせた。お前もか。いや、俺よりも余程。喉まで出かかった言葉を、口中に溜まった唾液と共に飲み下す。
 かつて渇望し、持ち得た力。それを手にした時、同時に悟った。ここは孤独だ。誰も、己に届かない。誇る力を振るうほどに、蓬莱寺は他者と断絶される己を感じた。友人を得たのは、高校に入学して間もなくだった。彼が居なければ、蓬莱寺は己が砕けるまでその手の狂気を振り回していただろう。それを望んですらいた己は、まだ完全には消滅していない。

「やってみるか?」
「やめておけ、お前は俺より弱いだろう」

袱紗の留め紐に手を掛けていた蓬莱寺は、その言葉で己の抑圧されていた狂気と狂喜を解放した。封を解き、緋勇の目に向けて投げ付ける。同時に体勢を低く構え、遠心力を乗せた切っ先を、緋勇の外膝を目掛けて打ち下ろす。だが愛刀が触れたのは、硬い大腿だった。数ヶ月だけ愛用した木刀が砕け散る。破片に目を奪われた蓬莱寺の耳の下に、緋勇の足の甲が激突した。

 次の瞬間には、緋勇の顔が間近にあった。

「せめて躱せ」
「・・・あれ?俺、落ちてた?」
「二秒ほど」
「・・・マジで」

事態を把握し、思わず低く唸る。いくら蓬莱寺といえども、この状況はさすがに少々気まずい。威勢良く喧嘩を吹っ掛け、文字どおり瞬く間に落とされた。意識を手放した時間が短いのは、緋勇が手加減したからに他ならない。背中に感じる地の冷たさと、打たれた部位の熱さに目眩がする。見下ろす瞳に、涙が出そうになった。

 全力でやっても、いいのか。
 壊さぬよう、殺さぬよう、恐れながら触れる事など、もうしなくていいのか。

 俺を全部、受け止めてくれるのか。

 今度こそ悦びに笑った蓬莱寺に、緋勇が呆れたように息を吐いた。そうして思い立つ。手を差し伸べるこの男の孤独は、誰が癒すのだ。自問に返るのは、やはり自答だった。

「緋勇」
「何だ」
「俺、強くなるから」
「そうか」
「だから、そんな顔すんな」

緋勇が少しだけ目を見開き、それを誤魔化すように顔を逸らした。手は借りずに立ち上がり、逸らされた顔を追って回り込む。観念した緋勇が、無表情のまま視線を合わせた。その目の空洞が、酷くもどかしい。今まで己は何をしていたのだろう。茫洋とただ見上げるだけで、結局なにも為さずにいたのだ。この男が孤独に苛まれているというのに、何も出来ない己を詰った。

「緋勇」
「何だ」
「ごめんな」
「・・・俺は何をされたんだ」

 いつか必ず、この男の友人になろう。
 とてもじゃないが口には出せないような願いを、ただ刻んだ。