珍しくあの人から呼び出された。
 俺としては、ただ「暇だから遊ぼう」とか、そいういうのがあってもいいと思ってたんだけど、あの人は用がないと決して呼び出したりしない。そして、あの人が俺に用があるって事は滅多にない。なんとなく、友達じゃないのかな、なんて思ったりもした。正直、ちょっと寂しかった。

 北風の吹く公園であの人を待ちながら、呼び出しておいて待たせるというのも、なんとなくあの人らしい、なんて事を考えた。そういう事を考えてた時点で、俺はなんだか負けてる気がする。
 もう帰ろうかな、とか本気で考え始めた辺りで、ようやくあの人が現れた。待たせた侘びはなかったけど、缶コーヒーをおごってくれた。冷たいやつだったけど、「寒いからいらない」とは言えなくて、全部飲んだ。体が冷え切って、俺はずっとポケットの中で指をこすり合わせてた。
 あの人も、冷たいお茶を飲んだ。寒くないのかな、とか、そんな事ばかり考えてた。

 二人とも缶の中身を空にして、それでもしばらく何も言わずにただ突っ立ってた。寒空の下で俺はずっと、この人は寒くないんだろうかって思ってた。俺は寒かった。そりゃあもう、奥歯がガチガチいうほど寒かった。
 どれくらい経ったのかは、正確には分からない。あの人が、不意に口を開いた。もしかしたら、ためらってたのかも知れない。今になって、そう思う。

「お前は、来るな」

 ためらってたと考えるには、あまりに単刀直入だった。主語もない。俺が察しの悪い奴だったら、「どこに?」とか言ってただろう。でも俺は、あの人が何を言ってるのか、言いたいのか、すぐに理解した。

 あの人が強いのは知ってたし、あの人の相棒も俺より強かった。俺の出番なんかないだろうと、いつからか思ってた。最初に思ったのはいつだったか、それは忘れたけど、でもずっと思ってた。この人に、俺は必要ないだろうと。

 だから、ほっとした。なんだ、ちゃんと分かってたのか。そうだよな、あの人はいつだって冷静に全体を見てて、何もかも分かってて、俺の事も分かってたんだ。考えてみりゃ当たり前だ。あの人に分からないはずはない。
 その時はそれでいいと思った。こっちから言い出そうと思ってたぐらいだ。足手まといになるぐらいなら、俺は行かない。

 俺が頷くと、あの人はほっとしたような顔で、少しだけ息を吐いた。肩の力を抜いた、とでもいうのか、とにかく安堵したのが分かった。ああ悩んでたのか、なんてぼんやり思いながら、俺はただあの人の横顔を眺めてた。
 ひどく、寒かった。












 腹に冷たいものがわだかまってる事に気付いたのは、その夜だった。真冬の夕暮れに吹きさらしの公園で飲んだ冷たい缶コーヒーより苦くて冷たいものが、喉元まで上がってきて眠れない。
 何度も寝返りを打って、何度もあの人との会話を思い出して、夏だったらそろそろ夜明けになる頃、俺はやっと分かった。

 助けにはなれないんだ。
 期待もされてないんだ。
 必要とされてなかったんだ。
 俺は、あの人の仲間じゃなかったんだ。

 込み上げたものを飲み込むのに失敗して、枕が濡れた。腹の中に溜まってたのは、そういうものだったんだ。

 ひとしきり毛布にくるまってうじうじして、そうしてから俺は立ち上がった。グロウランプだけ灯けた部屋で、俺の槍がにぶく光ってる。俺が操ると、こいつはまぶしいほど強く輝く。それを、俺は知ってる。あの人も、知ってるんだ。
 とにかく、じっとしてるのは耐えられなかった。着替えて、いつもどおり髪を立てて、一応なんとなく歯を磨いて、俺は夜明け前に走り出した。
 近所迷惑も考えずに愛車のGSX250を吹かして新宿へと走る。明治神宮を横切るのが、俺のお気に入りの道だ。もう何度も通った道だ。あの人の所に行く為に。

 真夜中過ぎの真神学園に着いて、俺は思わず口と目を見開いた。何故って、今まさに旧校舎から出てきたばかりと言わんばかりの風体で休憩中の、他校の生徒がいたからだ。それも複数。しかもこの寒い中、汗までかいてやがった。
 冷たいお茶を一気に飲み干して、そいつらが俺を見て笑った。「お前もか」と言って、なんだか気まずそうに。俺も笑った。笑うしかなかった。












 そうして数日後に、俺は上野の寛永寺に立った。少しだけ目を見張ってから、あの人が困ったように眉を寄せる。俺は笑いながらあの人の肩を叩いた。呼ばれていもいないのに集まった奴らも、同じように笑いながらあの人の肩や背中を叩いた。

 ここにいる全員、あんたを悲しませるような事は絶対にしない。
 だから、あんたの荷物、俺にもちょっと背負わせてくれよ。
 あんたを守ったのは俺だって、いつか自慢できるように。

 伝わったかどうかは分からないけど、あの人は少しだけ唇を歪めた。笑いたいような、泣きたいような、変な表情で俺たちを見て、そうしてから顔を上げる。

 この黄金を照らすのは、俺たちだ。