まず思ったのは、「目」が多いという事。
人の恐怖を喚起する物として、「目」は有り触れた表現だと思う。
人から見られる=不当な評価をされる事への不安。
または
人に見られたい=適正に評価されていないという不満。
どちらもが、誰しも持ち得る普通の感情である。
あとは、逆説的に「見たくない」意識と解釈する事も可能だ。
見たくないからこそ、目を恐怖の対象とする。

次に思ったのが、「実害がない」という事。
気持ち悪いものはたくさんいるけど、攻撃性は感じられない。
唯一の例外として、プレイヤーに恐れられる「鳥女」。
それでも彼女たちは、(例外もあるが)刺さない限り追ってこない。
そして追いつかれても、閉じ込められるだけ。しかも簡単に脱出できる。
痛いとか苦しいというより、漠然と気味が悪い。

ゼンマイ(?)がいっぱいあるエリアでの、鳥女3人のなんか楽しげなピクニックらしき行動。
主人公は、ゼンマイ(?)が邪魔してそこには行けない。
これが、多くの「ゆめにっき」考察で見かけた、彼女が心的外傷を負っている根拠でもある。
みんなでワイワイやってる輪に入れない=いじめられていた。という説。
ここでわたしは違和感を覚えた。
輪に入るのを邪魔しているのは、くるくるした植物のような鉱物のような何か。
「だってゼンマイ(?)が邪魔だったから」
という、彼女の言い訳のように感じた。
彼女は、輪に「入れない」のではなく、自分の意思で「入らない」のではないか。
何故なら、入りたくないから。

鳥女たちは、彼女に危害を加えない。たとえば包丁で刺したりとかしない。
それなのにプレイヤーがあんなにも恐ろしいと感じるのは、彼女がそう感じているからだろう。
あそこは彼女の夢の中なのだから。

彼女は、接してもいない鳥女たちを、勝手に怖がっているだけなのではないか。
たとえば、些細な一言で嫌われるかも知れない。
あるいは、みんなは楽しそうだけど、自分は楽しくないかも知れない。
集団の中での孤独を恐れるあまり、孤独を選択しているだけなのでは、と思った。
彼女は、鳥女に恐怖しつつ、憧れているような気がする。
接触すると閉鎖空間に飛ぶのは、自分で逃げて閉じこもったのかも知れない。

あと気になったのは「ほうちょう」。
「ほうちょう」が包丁であると仮定すれば、調理道具であり、人を殺傷する物ではない。
しかし彼女は、何はさておき刺し殺す。刺しまくる。
相手は無抵抗である。抵抗しない相手を刺しまくる。
これが彼女の攻撃性を表してる事は、今更わたしが言うまでもないだろう。

問題は、無抵抗の相手だという事。
夢の中で、彼女に危害を加えるものはいない。
なのに彼女は攻撃性を有する。
あるいは、夢の中でしか攻撃的になれない、本当は消極的な娘なのかも知れない。
心的外傷を負った人が子猫を殺すのと、同じなのかも知れない。

しかし上記の「鳥女のピクニック」で感じた彼女の性質を考えると、ちょっと待て、と思う。
彼女は、自分が悪くないと思っているのではないか。
悪いのは自分を除く全員、自分は悪くない。
仲良くなったら嫌われるかも知れない=仲良くなるのが怖い=人と接するのが怖い。
ありのままでは誰も受け入れてくれないと思ってるけど、それでは不満である。
孤独を恐れるあまり、自分を孤独に追い込んで、自分を孤独のままにしておく周囲に対する不満。
その不満が周囲への攻撃性として表れるのではないか。

人間に対する不信は、通称「ポニ子」の一定確率での変化でも表れている。
しかし不信の根拠となり得る暴力や、それによる苦痛は、夢の中から排除されている。
鳥女を恐怖する理由は、追いかけてくるという一点だけ。
気持ち悪いけど無害な夢の中で、彼女は攻撃性を振りかざす。

彼女は、生きていく事が怖くてしょうがなかったのかも知れない。
ただ漠然と、何も知らないのに、あるいはだからこそ怖がっていただけなのかも知れない。
彼女の最後の選択は間違っていると感じたが、選択を否定する根拠をわたしは持たない。

まあ、なんか、後味の悪いゲームだったな、と思った。
以上、「ゆめにっき」感想でした。
ここまで読んでくれてありがとう!
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