皆守について







発端
阿門「墓守やんない?」
皆守「やるやるー」

経過
ラベ「うっわあ、可哀相な子がいる…」
皆守「うざい。そしてもっと俺を甘やかせ」
ラベ「だが断る」

―あの事件

事後
皆守「あーあやっちまった、忘れたい!」
阿門「任せろ」
皆守「なんか疲れたー」
阿門「休んどけ」

葉佩来襲
皆守「なんだろうこの気持ち…」
葉佩「恋だね!」
皆守「そ、そうだったのかー!」
葉佩「もしくは友情だね!」
皆守「なんだそっかー」

告白
皆守「ほんとはやなんだけどー、阿門がやれってゆーからー」
葉佩「ボクにとってはご褒美です。本当にありがとうございます」
皆守「きもい」

結論
皆守「負けちゃった、どうしよう阿門!」
阿門「お先に失礼しまーす」
皆守「あ、じゃあ俺も」

撤回
葉佩「てめぇほんとふざけんなよ」
皆守「あー悪い事したなーごめんごめん」
葉佩「じゃあな、もう二度と会わねぇよ」
皆守「うん待ってるー、俺たち友達だよなー」
葉佩「と、友達以上だと思ってたのに!」
皆守「え、どこらへんが?」







事後の辺りが皆守ダメ伝説の始まり。
てゆーか阿門さん甘やかしすぎです。

気になるのは、発端の前。
なんで皆守はあんなに荒んでたんだろう?
よくある中学二年生病なのか、それとも何かあったのか。
なんであんなに渇いてたのか。それはもう砂漠のように。
オアシスのない砂漠をさすらう旅人のように渇いてたらしいよ。
あれ、それは違う時だっけ?

葉佩がリアルに砂漠をさまよったのは、何か意味があるのかな。
てめぇ砂漠の怖さ知ってんのかよ。本気で死ぬかと思ったんだぞ。
想像だけでもの言ってんじゃねぇぞ。ほんっとにきついんだぞあれ。
ちょっと来い、本物の砂漠ってやつを見せてやるから!
あ、そうか、それ言うために葉佩は死にかけたのか!







結局、皆守は逃げるんだよね。
自分が悪いって分かってて、逃げるんだよね。
なんでこんなに頑なに逃げるのかって考えると…なんか…ね。

許されるって事を知らないのかも。
向き合って、謝って、許し許された記憶がないのかも。
悪い事しちゃった→怒られる=酷い事される→逃げよう!
普通の子供は、ちゃんと謝りなさいって教わる。
で、謝ったら許してもらう。
もっと小さい子は、よく謝れたね、えらいねって褒めてもらえる。
皆守にはそんな経験がないのか。







許される許されないって話を、よく皆守はする。
でも、ごめんなさい許してくださいって口にしない。
それは、もう言うべき相手がどこにもいないから。
皆守に「もういいよ」って言える人は死んでしまったから。

そして、それ以前の記憶に「ごめんなさい」がないとしたら。
どんな環境かは分からないけど、それってすごく怖い。
幼少皆守はそんなに責められ続けたのか。それとも放置されてたのか。
で、ここで思い出すのがカグツチ。
出産の際に母親が死んだから、という理由で父親に殺された子。

想像力を広げて、これが皆守の過去を暗示しているとしたら。
…うわあ、凄絶…やっぱやめよう、怖すぎる。
という訳で、その辺はぼかす。







とにかく皆守は、「ごめんなさい」が言えない子。
でもやっちまう。そしてやっちまった感もある。
で、幼少期がわたしの想像と近ければ、物凄く「必要とされたい」子。
自分で自分をうまく肯定できなくて、その作業を他者に求める。

阿門は俺を認めてくれる。色んなものくれるし、優しくしてくれる。
阿門さんは阿門さんで、なんかきっと友達的な存在が欲しかった。
皆守―お父さん→阿門
阿門―我が半身→皆守
あ、しまったちょっと萌えた。それはさておき、共依存のできあがり。

そこに葉佩を投入してみる。
皆守―守ってやる→葉佩
いやいやいや、無理だよね。
でもこれが阿門からの独立だとしたら。いわば反抗期だとしたら。
あれ、でも独立できてないよね。
あ、そうか、だからこその破綻なんだ。







「俺も行く」って皆守が言った時、阿門さんはちょっと嬉しそうだった。
きっと嬉しかったんだ。一緒に行けて、葉佩より自分を選んでもらえて。
でも皆守は、「阿門と一緒に行く」を選択したんじゃない。
「葉佩から逃げる」を選択した。もっと言えば、「世界から逃げる」を。

どうして逃げる必要があったのか。
立ち向かう意思も能力もなかったから。
つまり、弱かったから。

えええーなんだこの結論。
もうちょっと続けてみよう。







ずっと死にたかったのは、逃げたかったから。
逃げたかったのは、弱かったから。
葉佩の主張は強者の理論で、弱者(皆守)には届かない。
立ち向かって勝ち取るなんて、誰にでもできる事じゃない。
だから皆守は、最後には葉佩を尊敬した。

でも尊敬というのは、弱者にはとても難しい。
弱い自分を認める、という事だから。







ラベ先生を死なせたのが、皆守の思う自分の罪。
でもそれは、当事者の不在により贖罪が不可能。
つまり皆守は永遠に許されない。

そこで葉佩。
救ってやるよ。俺ならできるよ。
だってほら、かまちもリカもすどりんも俺に感謝してるし。
俺ってすげぇ救ってるよね。
だから皆守も俺を信じろよ。

ふざけんな。
と、最初は思ったに違いない。なんだこのアホは、と。
でもなんだかんだ言って、葉佩は強かった。
みんなが葉佩に傾倒していく。殺そうとした相手なのに。
殺されそうになった葉佩は、余裕で【愛】とかほざいてる。

ぐらっときても、しょうがないよね。
もしかして、こいつなら…とか。
でも罪は純然とそこにある。
その罪を許すのは、葉佩では不可能。







そこですり替えが起こった。
皆守が、葉佩をすげぇ怒らせた。
で、怒られて殴られて、許してもらった。
死ぬほど欲しかった「許し」を、葉佩がくれた。

それはラベ先生とは関係ない話なんだけど。
でも葉佩はラベ先生の話をもう知ってる。
だから皆守的には問答無用で葉佩=関係者になってる。
その葉佩に許してもらえた=ラベ先生にも許してもらえた。
という、当事者のすり替え。







…反論になってないね。
ええと、つまり、皆守としては、責任は取るつもりだった。
てゆーか、取ってるつもりだった。
葉佩に、ではなくて、ラベ先生に。
え、でも忘れてたよね?

でも、記憶を取り戻してからは罪の意識でいっぱいだった。
えらい事やっちゃったって思ってた。後悔してた。
死んで詫びる気だった。
だからこそ、あの時に忘れたかったのか。

いやでも詫びる気ならそれは忘れちゃ駄目だろ。
ああでもでも、死んでも贖罪にはならないって分かってたのか。
どうしようもなくなってたのか、あの時にはもう既に。







あーえーっとーだからー。
最初は弱くて逃げたりもしたけれど、俺は元気です。
つまり葉佩がやった事は、PTSDのセラピーだった。
【愛】なくして、どうして心の病が癒されよう。

つまり反論としては
「俺だってつらかったんだよ!」
ってところか。
おいどうするんだこの文章。