暗く湿った地下の空洞から、魔人達が足音を潜めて地上に戻る。先頭を緋勇、その後ろに美里と桜井が並び、さらに醍醐、蓬莱寺、最後尾を緋勇が歩いていた。殺傷した異形の数の多さを自慢する蓬莱寺が、背後の緋勇を振り向いて笑う。殺戮の能力を即ち強さだと信じる彼の幼い欲望を思い、美里が僅かに眉をしかめた。先を歩く緋勇の背中を見詰め、背後から聞こえる声に耳を澄まし、ふと違和を感じて立ち止まる。
「ん?どしたの葵」
「ええと、あれ?」
「だいじょぶ?どっか痛い?」
急に立ち止まった美里に、桜井が気遣う言葉をかける。それを受け止めるのも忘れて、美里は前を歩く緋勇を凝視し、次に背後を振り返った。蓬莱寺と醍醐が、その動作の意味を理解できずにきょとんと美里を見返す。そして後ろから、美里の表情を見て何事か感じ取ったらしい緋勇が僅かに眉根を寄せた。
「龍麻?」
「どうした」
背後に向かってもう一度。
「龍麻?」
「どうした」
醍醐が肩越しに緋勇を見遣り、正面に顔を戻して緋勇を見詰めた。
桜井が、声に出して指差し確認をしている。ひーちゃん、あおい、ぼく、だいごくん、きょういち、ひーちゃん。
「一人、多くない?」
「ひーちゃんが二人いるぞ」
蓬莱寺が核心を突いた。だが核心を突かれても、5人は状況を理解できなかった。先頭の緋勇が、怪訝そうな顔で最後尾の緋勇を睨む。最後尾の緋勇は、不審を立てるような表情で先頭の緋勇を見詰めている。
険悪な空気を撒き散らす前と後ろの二人に挟まれながらも、桜井は咄嗟に思い付いた仮説を提示してみた。
@ 緋勇は双子だった。
A どちらかが偽者。
B ドッペルゲンガー。
C 緋勇はそういう生き物。
「い、1番じゃないか?」
「でも、紫暮クンみたいな人もいる訳だし」
「つーか偽者ってなんだよ」
「ええと、4番は、どういう意味かしら?」
「いや、なんか、ひーちゃんにとってはよくある事なのかなって」
「・・・あるのか?龍麻」
何を想像したのか、醍醐が怯えたような声を出した。緋勇と自分の間に蓬莱寺を置き、さらにはその両肩を固定して逃げないように拘束している。「俺を壁にすんな!」という不平は、しかし醍醐の耳には入らなかったようだ。物凄い力で二の腕を掴まれ、蓬莱寺が痛みに顔をしかめる。だが、その縋るような仕草に免じて振り払いたいという欲求は押し留めた。蓬莱寺は、友人の弱点をあげつらうほど卑陋な男ではない。「逃げねぇからちょっと手加減しろ」と言いながら後ろ手に醍醐の肩を叩くと、ほんの少しだけ力が緩んだ。
そんな些細な触れ合いを気にも留めず、二人の緋勇が同時に地を蹴った。一息で互いの間合いに入り込み、ほぼ同時に攻撃を放つ。昂ぶった氣に呼応して風が起こり、空が震えた。美里が息を呑み、桜井が悲鳴を上げた。蓬莱寺が、その圧倒的な存在感に思わず目を奪われた。醍醐は逆に、物理的な力の顕現に冷静さを取り戻したらしい。
夜の闇を貫いて、凄絶な氣が迸った。拳がぶつかり、火花のように辺りを照らす。次の瞬間には遠心力を乗せた踵が鋭く空を裂き、それを受けた手甲が清らかに鳴り響く。
何はさておき物陰に避難した4人が、呆然と顔を見合わせる。
「え、と、あのさ、なんで?」
「実はひーちゃんには双子の兄弟がいて、ものすげぇ仲が悪い」
「成る程!」
「いや、ちょっと待て京一」
「わたしたち、確かに5人で地下に行ったわよね?」
「いつの間にか一人増えてたって事?」
「そんな話、どっかで聞いた事あるよーな」
「ほら、あれだよ!雪山で遭難した4人がさ、山小屋で夜明かししたってやつ」
「そうそう、角に一人ずつ立って部屋ん中ぐるぐる回るんだよな」
「あ、わたしも知ってるわ、その話」
醍醐が、再び蓬莱寺の腕を掴んで引き寄せた。どうやらこの有名な話は、彼の中では怪談に分類されていたらしい。蓬莱寺としては、背後で死闘を繰り広げる二人の男の方が現実的に怖いと思うのだが。
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