ご機嫌に銃を乱射する葉佩の背中を見ていたら、急激な睡魔に襲われた。うとうとどころの眠気ではなく、目の前にブラックホールが出現したような吸引力を有した欲求だった。抗う術はなく、抗う意思もなく、皆守はそのどこか甘美な欲求に身を預けた。そうしてから、今まさに戦闘中であった事を思い出す。

「どうしよう葉佩」
「どうしたいのかが問題だね」
「寝たい」
「それは多分どうもしなくていんじゃね?」
「途轍もなく途方もなく眠い」
「我慢できない?」
「難しいな」
「あ、喋ってたらちょっとは緩和されない?」
「ああ、うん、そうだな」
「って言いながらそっち壁!」
「眠いんだ」
「あ!おいみなかっ」
「ん?」

不自然に途切れた声を訝しんで皆守が顔を上げると、葉佩が真横に吹き飛んでいた。ズシン、と地鳴りのような音が響き、グロテスクな両腕をぶらさげた化人が反対側からゆっくりと近付く。あれに攻撃されたのだろう、と、ひどく緩慢にしか働かない脳が状況を言葉に変換する。その言葉を理解し、また自分の身が危険である事も理解したが、閉じようとする目蓋を開くのは億劫だった。ただひたすらに眠い。
 壁にもたれたまま目を閉じた皆守の耳に、激しい銃撃の音が聞こえた。続いて不気味な断末魔と、軽く息を吐く音。硝煙の匂いが鼻腔を突く。

「皆守?」
「・・・」
「怪我ない?」
「・・・」
「そんなに眠い?」
「・・・眠い」
「うん、じゃあ引き揚げようか」
「・・・」
「ほら、立てよ」

腕を掴んで引かれたが、睡魔を打ち破るには至らなかった。目蓋が上がらない。力が入らない。糸が切れた人形のように、自分の意思では指一本も動かせない。暴力的なまでに眠い。今度は肩を掴んで揺さ振られたが、やはり意識は浮遊し続けている。その闇に身を投げるのを阻害する手が煩わしい。

「皆守ってば!」
「うるさい」
「おい!本気で寝るなよ!」
「・・・」
「皆守」

泥濘から意識をすくい上げる声が鬱陶しい。今は眠りたいんだ。声に出したつもりだったが、葉佩には届かなかったらしい。もう一度、名を呼ばれた。その声も遠い。
 やがて諦めたような溜息が聞こえ、硬い靴底が床を叩いた。徐々に遠ざかってゆく靴音に、安堵と絶望が同時に湧き上がる。立ち上がって走ってその背中に追いついて、俺を置いて行くなと叫ぶ。浅い微睡みの中、そんな夢を見た。扉が開き、閉じる。この薄情者が。呼気に混じって、そんな寝言が零れ落ちた。

 葉佩が立ち去って数分すると、先程の眠気が嘘のように目が冴えた。目蓋を開き、立ち上がる。大きく腕を伸ばし、名残の欠伸を吐き出す。アロマを取り出し火を点けて、芳香を深く吸い込む。
 たとえそれが嘘でも友人だと言って隣に立っているのなら、睡魔に襲われた憐れな友人(仮)を背負って脱出するくらいはやってのけて欲しいものだ。眠りこけていることろを化人に殺されたりしたら、さすがの葉佩も目覚めが悪いのではないか。そうでもないのだろうか。もしかしたら皆守の役職に気付いていて、放っておいてもそんな事態にはならないと確信しているのだろうか。むしろそんな事になったらラッキー♪とでも言うかも知れない。大いに有り得る。
 自分で浮かべたその光景に、皆守はとても悲しくなった。

 悲しくなっていても仕方がない。さっさと気を取り直して、皆守は地上に戻ろうと扉に向かった。葉佩が薄情なのはとっくに知っていたし、そもそも情をかけられる筋合いもないと理解している。ただ、昼間の教室で見せる笑顔が、まるで落としてしまった自分の欠片を探すように不完全だったから、彼の心が飢えているのだと錯覚してしまったのだ。あんなにも自己完結した人間なのに。葉佩が渇いているように見えるのは、皆守が彼を鏡にしているからだ。
 皆守は扉を開き、地上に戻った。自室に帰り、今はもう眠くもなかったがベッドに入り、空腹を感じたが身を起こすのも面倒で、そのまま朝までシーツと戯れた。

 衝撃を感じて目を開けた。眠りに落ちた記憶もないのだが、どうやら浅く落ちていたらしい。意識が現実に引き戻されると同時に、皆守は襟を掴まれている事を認識した。耳元で何事か喚いているのは葉佩だ。グローブに包まれた拳が、何かを訴えるようにベッドを叩いた。階下の住人にはさぞ迷惑な行為だろう。

「ほんっと!お前!ふざけんなよ!」
「・・・おい葉佩」
「俺がっ!どんだけっ!ああくそ!」
「重いんだが」
「もう知らねぇ!もうぜってぇお前なんか探さねぇ!」
「探したのか」
「・・・蛇に噛まれて死ね!」
「死ぬ時は即死がいい」
「苦しめ!悶え苦しめ!俺の前で!むしろ俺の下で!」

言わんとする事はよく分からなかったが、葉佩が怒り狂っている事は理解した。置いて行ったくせに。言おうかと一瞬だけ思ったが、やめておいた。まだ襟を掴んでいた手を取り、覆いかぶさる体を押す。そうしてから、葉佩が汚れている事に気付いた。乾いた土と血が所々に付着し、埃っぽい匂いがする。しかも土足だ。更にいうなら涙目だ。

「部屋の中では靴を脱げ」
「うるせぇ!」

口で言っても無駄だったので、皆守は冷静に次の手段を行使した。側頭部に平手を打ち込み、そのまま叩き落すつもりで押す。それでも退かないので、今度は脇腹を狙った。下半身の自由が利かない為、いまいち攻撃しにくい。膝を立てようとしたら、肩を押されて上体を倒された。つまり、完全に仰向けの状態でマウントポジションを取られた。ほぼ同時に、葉佩の拳が轟音を立てて顔のすぐ横に突き立てられる。枕ではその衝撃を吸収しきれなかったらしく、ベッドそのものが震動した。

「お前、ほんと、消えて欲しい」

あたたかい水が一滴、震える声と共に落ちてきた。だが皆守が手を伸ばす前に、葉佩は顔を逸らして身を起こした。土足のままベッドから床に降りて、ゴツゴツと音を立てながらドアに向かう。その背中に声をかけなければいけないような気がして、しかし言葉は出てこなくて、どうする事もできず、皆守はドアが閉まる音を聞いた。
 戻ってくるつもりだったなんて知らなかった。「待っていろ」などと、葉佩は言わなかった。眠っている間にいなくなったら誰だって置いて行かれたと思うだろう。寂しくなるだろう。人を寂しくさせておいて、あんなに怒るなんで理不尽だ。しかも泣くほど怒るなんて、何が彼をそこまでさせたのだろう。
 頬に落ちた水を拭い、皆守は寝なおそうと枕を引き寄せた。

 あんなにも激しく罵倒されたのに、頬が緩む。乗り上げられて拳で威嚇射撃までされたのに、ひとしずくで満たされてしまった。シーツに移った薄汚い染みさえ、妙に心を沸き立たせる。

 もしまた置いて行かれても、待たないでおこう。
 浅い眠りに落ちる間際に、皆守はそんな事を考えた。