ぴんと立った耳に手を伸ばしてみる。葉佩が口を閉じ、動きを止めた。どうやらON/OFFのスイッチにもなるらしい。便利だ。指先で摘まんだ薄い皮膚が、痙攣するようにピクリと震える。ふと我に返ると、葉佩が必死で涙を堪えていた。皆守の中の何かが、音もなく目覚めた。逃げようとする柔らかい皮膚を、少しだけ力を込めて引っ張る。

「は、離せよ!」
「・・・」
「いって!引っ張んな!」
「・・・」
「しかも無表情なのがすっげぇ怖い!」
「・・・」
「おーい!せめてなんか言えー!」
「・・・」

ひとしきり薄い皮膚を弄び、皆守は満足した。指を離すと、ぴぴっと弾くように耳が揺れる。満足したと思っていた欲求が、またしても皆守の胸に去来した。野生の勘か、はたまた人間が誰しも持っている普通の感覚か、葉佩が尻尾を膨らませて後ずさる。

「まあそう警戒するな」
「いや、するだろ警戒。なんだよその手」
「舌は?」
「は?」
「舌は、どうなってる?」
「・・・皆守?」

猫の舌の感触を、皆守は知っていた。葉佩が人間だった頃の舌がどうだったかなど知らないが、猫の舌はざらざらしている。その事実に思い至り、完全に身を引いた葉佩に手を伸ばした。葉佩が、するりと尻尾を立てる。腰を浮かし、弾ける寸前のバネのように膝を曲げた。

「まあ落ち着け」
「こっちの科白だよね!」
「俺は落ち着いてる」
「ぜってぇ嘘だ!どう見てもどっか飛んでる!」
「俺は飛べない」
「そんな悲しそうに言われても」
「そんな訳で、お前には二つの選択肢がある」

と言って、皆守が人差し指と中指を立てた。平和の象徴とされるその動作は、悪魔の二本角を表しているともいわれる。角のある動物の生命力を神聖視した人々が異教徒として貶められるまで、雄々しく力強いその姿は神だった。峻厳な土地で多くの仔を産む命は、痩せた土地で生き抜く人々の憧憬を受けたのだと聞いた。豊穣と生命力と、それがもたらす平和。
 使い道も分からぬまま詰め込んだ知識が、葉佩の脳裡をかすめて消える。それを追う事はせず、葉佩は与えられた選択肢について、真っ先に思い当たった二つを口に出してみた。

「生きるか死ぬか?」
「どうしてお前はそんな荒んだ発想しか出来ないんだ」
「俺が悪いの?違うよね?」
「誰も悪くないんだ」
「いや、主にお前が悪いような気がするんだけど」
「俺の膝で寝るか、永遠に眠るか、どちらか選べ」
「何その究極の選択」

 皆守の膝で眠る、という選択肢は、葉佩にとって敗北にも等しいほど魅力的な道だった。緩やかな午後、微睡む彼の体温を感じて目を閉じる。そんな自分を想像してしまってから、葉佩はふと顔を上げた。表情筋を一筋たりとも使わずに、皆守が葉佩を見下ろしている。いま皆守の前で目を閉じたら、きっと何か掛け替えのないものを失ってしまうだろう。やはり、選択肢は生と死の二つしか残されていないような、そうでもないような。
 皆守が無表情のまま再び手を伸ばした。

 ここで死んでも悔いはない、とは思わなかった。