すがり付くようにして抱き締めても、緋勇は抵抗しなかった。それどころか優しく髪を撫でられて胸が詰まった。
この行為は、彼への裏切りだ。
どこまでも共にと澄んだ眼差しで微笑んでくれた人は、もう二度と笑ってくれないかも知れない。彼に軽蔑されたら、きっと生きていけない。その時を思い浮かべるだけで涙が滲んだ。
「龍麻」
乞うようにささやけば、どうしたと穏やかな声が返る。続く言葉は見当たらなくて、抱き締める腕を強くした。宥めるように背を叩かれて、堪えていた涙が零れ落ちる。
緋勇が驚いて身を引いたのを感じて、慌てて取りすがる。泣き顔を見られたくないというのも大きかったが、それ以上に離したくなかった。
「龍麻」
「うん」
「好きだ」
「そうか」
「おう」
「で?」
「でって…だから、好きだ」
「分かった」
もしかして、分かっていないのだろうか。思わず顔が濡れている事も忘れて緋勇を見上げる。どこか不機嫌なような、拗ねているような、尖った視線が落ちてきた。黒髪から覗く耳が赤いのは、どうしてだろう。そんな疑問が言葉になるより早く、蓬莱寺は手を伸ばしていた。
首にしがみ付き、髪に顔を埋める。たつま、と染まった耳朶にささやけば、抱いた背が切なげに震えた。体重をかけ、肩を押さえつけて見下ろすと、じっくり観察する暇もなく首を引き寄せられた。蓬莱寺がたった今したように、髪に鼻先を埋めてささやく。きょういち、と声がした瞬間、蓬莱寺は理性を手放した。
白い首筋に噛み付き、おののいた皮膚に舌を這わせる。唇で食んだ耳朶があまりに柔らかくて、股間の物に血が集まるのを感じた。この期に及んで逃げを打った腰に勃ち上がった物をこすり付けると、緋勇が息を呑んだのが分かった。その喉にも、歯を立てる。吐息が細く震えた。
もどかしくシャツを開き、肌に触れる。指が傷跡を探り当てた。他の部位に比べて、ほんの少しだけ皮膚が柔らかいような気がする。軽く引っ掻くと、緋勇の喉から高い声が漏れた。自分の声に驚いたのか、緋勇が手で口を押さえる。そうしてから、気まずそうにちらりと蓬莱寺を見上げた。頬が緩むのを止められない。
「なに、ここイイの?」
「…あまり触るな」
「無理」
「おい、待て!」
緋勇の焦って上ずった声など初めて聞いた。脱がすというより剥ぎ取ったシャツを放り投げ、硬い胸にかじり付く。無残に走る傷跡には、少しだけ手加減して噛み付く。子犬が甘えるような声を発しながら、緋勇はシーツにすがり付いた。その動作で浮いた膝頭を、左右に割り開く。
羞恥に堪えぬ緋勇が、奥歯を食い締めて額を手で覆った。苛立っている時と同じ表情なのが少しばかり気になったが、股間で屹立しているそれを服の上からそっと撫でると、途端に眉尻が下がって情けない顔になる。素足の爪先が、きゅうっと丸くなった。
「触るぞ」
「うるさい」
「え、ひどくね?」
「いちいち言うな」
「じゃあ遠慮なく」
ベルトのバックルを解き、前をくつろげると、勢いよく飛び出してきた。意外と立派だ。思わず自分と比べてしまった蓬莱寺の複雑な胸中など察する余裕もなく、緋勇は体を捻って顔をシーツに押し付けている。浮いた腰骨にも噛み付きたくなったが、それは後にしてまずは先端に軽く音を立てて口付けてみた。顔面を蹴られた。なんでだ。
「なんでだ!」
「ば、バカかお前は!」
「何がだよ!」
「何を、なんで、そんな事…バカか!」
どうやら緋勇の脳内に、このような愛撫は存在しなかったらしい。激しく罵倒しながらも物は萎えずにしっかり上を向いているので、続行すべしと判断して再び唇を寄せる。ほぼ同時に、一片の情け容赦もなく握力の限りを尽くして後ろ髪を引っ張られた。なんでだ。
「おい龍麻、いい加減にしろよ!」
「こっちの台詞だ!」
「なんだよ、やなのか?」
「だからそう言ってるだろう!」
「言ってねぇだろ!」
「そ、そうだったか?」
「…そうかよ」
「え?」
「やなら、やめようぜ」
「…え?」
緋勇の目に浮かんだのは、戸惑いと、落胆と、かすかな安堵。蓬莱寺の胸がちくりと痛む。股間はずきずきと痛んでいるのだが、それはさておき、無理強いは蓬莱寺とて本意ではない。本当に望まぬと彼が言うのなら、つらいけど諦めよう。本当につらいけど、寂しいけど、悲しいけど、どうしても嫌だと言うのであれば。恨めしげな目でそう言うと、緋勇が額に手を当てた。
「いや、そうじゃなくて」
「なんだよ」
「それが、嫌だと言ってるんだ」
「どれが」
「だから、その、お前が今やった事」
「チ○コにキスした事か?」
「…」
緋勇は眉間に皺を寄せて頷いた。普段だったら威圧的だと感じるのだろうが、赤く染まった眦ではどうにも迫力がない。むしろ普段とは逆の効果が現れている。つまり、なんというか、ありきたりな言葉でいうと、嗜虐心をそそられる。もっと平たくいうと、いじめたくなる。しかし後々の事を考えると、無邪気に優位を喜んでもいられない。この状況は危機でもあるのだ。慢心してはいけない。
数秒の黙考の後、蓬莱寺は欲望を抑えて優しくその肩を抱くにとどめた。
「でも俺、したい」
「なんで」
「かわいーから」
「…何が」
「ひーちゃんのチ○コ」
「…」
冷めた目で一瞥されて、更に無言で顔を逸らされたので、目の前に晒された首筋に口付けてみる。びくりと跳ねた肩にも歯型を付けて、耳を甘噛みして体重をかけると、緋勇は抗わずシーツに沈んだ。
顔を隠して突っ伏した緋勇に乗り上げ、襟足に吸い付く。凄絶な破壊力を有する手が、頼りなげに震えてシーツを握り締めた。蓬莱寺がその手に自分の手を重ね、先程から出番を待ちかねていた物を大腿に触れさせる。胸を乗せていた背中が、ぎしりと音を立てるような勢いで緊張したのが分かった。
「これは、いいか?」
「…」
ごくり、と緋勇の喉が鳴り、小さく顎が引かれた。破裂しそうな鼓動が、接触した部位から伝わってくる。股間の物もさる事ながら、胸が苦しくて仕方ない。引き絞られるようで、千切れそうで、苦しくてたまらなくなる。
「龍麻」
「…ん」
「優しくすっから」
「…必要ない」
「痛くしねーから」
「…気にするな」
「お前が嫌がる事も、しねーから」
「…好きにしろ。俺も好きにする」
「俺に、させてくれるか?」
「………見くびるな」
「応よ、任された」
心は決まっているのだと、羞恥や恐怖など、その決意を揺らがせるものではないのだと、無言で発せられた声は正確に蓬莱寺の心臓を打った。振り向きざまの眼光は、覚悟の表れなのだろう。少々物騒な目だったが、一瞬ちょっと肝が冷えたが、準備万端だった物がわずかに縮んだ気がしたが、これが彼から預けられたものだ。
己はこれを抱いて死ぬのだろうと思った。
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