凶津の目の前にはショートカットの少女が立っている。わずかな恐怖をちらつかせながらも少女は気丈に凶津を睨みあげていた。真っ直ぐに、迷いも無く凛とした声で言い放つ。
「醍醐クンは、お前なんかに負けたりしない!」
凶津は無言で『力』を開放させた。少女の足元からゆっくりと、固く冷たい『氣』が立ち上る。石化の呪が発動したのだ。それを悟った少女は一瞬だけ驚愕に息を呑むが、すぐに歯を食いしばり、鋭い視線を凶津に送り続ける。
「自分が弱いのを人の所為にしてるだけじゃないか!そんな奴、誰にも勝てやしないさ!」
凶津に向かって叫ぶ少女の声に憎しみは感じられなかった。叱り飛ばすような、激励のような、そんな声に凶津は覚えがあった。毅然と前を見据え、確かなものを心に掲げ、恐怖と対峙しながらも進むことを止めない。それほどに強くはなかったが。きっと彼も、こんな風に生きることを望んでいるのだろう。凶津には眩しすぎる、そんな生き方を。
外で話し声が聞こえた。その中に聞き覚えのある声を見つけ凶津は口の端をゆがめた。嘲りの表情に見えているだろうか。そんなことを思いつつ、呪を強める。少女の体が色を失い硬く閉ざされてゆく。それでも少女は恐怖を押し隠し、言葉を発しようと口を開き、そのまま物言わぬ石像と成り果てた。
それを見届け、凶津は再び嘲笑を浮かべた。そうでもしなければ無様な感情が溢れてしまいそうだったのだ。懐かしい、などという不本意極まりない感情が、凍りついたはずの涙腺に刺激を与えてしまいそうだったのだ。
声が、近づいていた。
醍醐が一人ではなかったことに少々の驚きを感じた。何故だか彼は一人で来ると、そう思っていたのだ。凶津には醍醐しかいなかったのに、醍醐には仲間がいる。その事実が凶津を深く打ちのめした。
そんな凶津を前に、醍醐は怒りを隠しもせずに拳を放ってくる。彼らしい、力強く真っ直ぐな『氣』を凶津にぶつけてくる。壁を背にしていた凶津が退路を絶たれたことに気づいた時、すでに勝負は付いていた。
「何故だ・・・何故勝てねぇ・・・」
凶津にとって、諦める事は全てを失う事だった。
手を差し伸べたのは醍醐だった。凶津を知って尚、その手を離さなかったのも醍醐だった。不器用な優しさと、度が過ぎた誠実さで凶津を獣から人間に引き上げたのも、今目の前にいる醍醐だった。
凶津は、醍醐の他に人間を知らなかった。自分以外の存在に感情があるなどと、想像もしなかった。言葉は伝わらない。思いは届かない。自分に向けられるのは、常軌を逸した物に対する侮蔑と憐憫。それだけだった。
醍醐だけが、同じ人間として凶津に接した。
あの時もそうだった。醍醐の強さは圧倒的であるにもかかわらず、相手を完膚なきまでに叩きのめすことはしない。再び立ち上がり、拳を振り上げられるだけの余力を与えるのだ。負けるのは諦めた時だけだった。
(勝てるはずがねぇ・・・)
始めから分かっていたことだった。醍醐は強い。奪い、踏みにじることができる力を持ち、その欲求を制する力を持つ。そして他人もそうであると信じているのだ。自分と同じ強さを、相手にも望むのだ。
もしかしたら、彼のように生きられたかもしれない。あの時諦めなければ。醍醐はきっと望んでいたのだから。同じ場所から共に往くことを。
だがそれはどうやら凶津の役目ではなかったらしい。その事実を突きつけるように、醍醐の隣にいる赤毛の剣士からは清廉な陽の『氣』が感じられる。その横に立つ、二人の男女も同様だ。きっとあのショートカットの少女もそうなのだろう。
醍醐の横に並ぶのならば、それにふさわしい強さが必要なのだ。それを認める事は絶望する事と同じだ。醍醐は進み、凶津は留まる。
それでも、醍醐は戸惑い、懊悩していたのだ。凶津と同じ様に。
いつかあの場所に立つことが出来る。凶津はそう信じた。
そして、祈るような気持ちで、恐らくは最後の願いを虚空に放った。
届くことだけを祈って。
「死ぬなよ。醍醐・・・」
完
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