痛い。確認しなくても折れているのが分かる。痛いうえに、ひどく熱い。そして疲れた。最後に目が覚めてから、32時間と48分ほどが経っている。食料は3日前に尽きた。汗と泥と血で汚れたシャツが、肌を引っ掻いて気持ち悪い。
誰も自分に期待などしていない事も分かっている。お前らなんかに評価されなくとも、俺は生きられる。俺の価値は俺だけが知っている。ずっとそう思っていた。今も思っている。
痛い。疲れた。もう立てない。立ちたくない。
本当は誰かに褒めてもらいたかったなんて、認めたくない。自分が惨めだったなんて、知りたくなかった。
ずっと信じてきた自分が、本当は可哀相な子供だったなんて、そんなのいやだ。
目を開けても、世界は変わらなかった。湿った床に突っ伏していて、左足は折れていて、触角の長い虫が顔のすぐ横を這っている。吐き気とめまい、鈍痛と激痛、汚れたシャツと重たいブーツ、体だけ大きくなった惨めな子供、そんなものを認識する。必要だと思って持ってきた荷物は、逃げる為に投げ出した。
息を吸ったら喉が引き攣った。咳き込んで、少し胃液を吐いた。咳をすると痛むから早く止めたいのに、なかなか止まらないのがいらつく。いっそ呼吸も止まってしまえ。どうせもう立てないのだから。
どこかで誰かが叫んでいるが、それは自分の名前ではないと分かったので、うずくまって息を止めた。そうすると、頭上から何かが降ってきた。ぱたんと軽やかな音が、耳の近くで鳴った。靴と床が接した音だ。衝撃を全身で上手に吸収して、彼はいつも憎たらしいほど身軽に動く。
しょうがねぇ奴だな。甘い声と香りが落ちてくる。知らない誰かの名前を呼んで、彼は俺の襟を掴んだ。苦しいのに、そうと言えないのがもどかしい。
見ないと思ったら、こんな所で遊んでやがったのか。汚れた体に綺麗な手が触れて、その手も汚れてしまった。いい気味だと笑おうとして、卑屈な自分に嫌気が差した。
「おい葉佩、5日も何してやがった」
「俺という存在について考えてた」
「そういうのは腹いっぱい食ってあったかいベッドでやるもんだ」
「そーゆー時はたぶんそんな事は考えないと思うよ」
「それもそうだな」
「俺の事はほっとけよ」
「八千穂がうるさいんだ」
「うまく言っといて」
「俺が来なかったら死んでたぞ」
「ほざけ、俺は《宝探し屋》だ」
「雛川も心配してたぞ」
「なんで」
「お前が行方不明だから」
「なんで俺が行方不明だとヒナ先生が心配すんだよ」
「もう喋るな、めんどくせぇ」
溜息をつかれて、担ぎ上げられて、墓の外まで引きずられた。抵抗は、もしかしたらできたかも知れない。
外は夜だった。星が見える。おや、やはり生きていたか。涼やかな声が、安堵の色を隠しきれずに少しだけ震えた。喉の奥が熱くなる。白衣が夜風に吹かれて、彼女までもが震えているように見えたのは、たぶん錯覚だろう。
「無茶をするなとは言わないが、君には死んでもらいたくないんだ」
「複雑怪奇な注文しないでください」
「注文ではない」
「そうですか」
「葉佩」
生きていてくれて、よかった。そんな幸せな言葉を、彼女は誰に向けて言っているのだろう。
彼が連絡したのか、深夜なのに人が集まってきた。好き勝手に喜んで、人の気も知らないではしゃいでいる。汚れた体に抱きついて、自分が汚れても嬉しそうにしている。理解できない。《宝探し屋》が遺跡で死ぬのは、当たり前の事だろうに。どうしてそれを否定しようとするのだ。
消灯時間も過ぎていたのに、湯を温めてくれたのは誰だったのだろう。冷え切っていたはずの部屋を暖めておいてくれたのは、清潔な副木と包帯を用意してくれたのは、レトルトのスープを作ってくれたのは、誰だろう。生徒会長にも、きっともうばれてるね。そんな事を言って、何も怖くないとでも言うように笑ったのは。
おやすみと小さな声で告げて、誰かがそっと音を立てないようにドアを閉めた。もしこの手に銃があったら、躊躇なく発砲していたのではないか。ナイフでもいい。何もかも引き裂いてしまいたい。素手でもできるはずだ。自分さえも砕き尽くして踏みしだきたい。泣き叫びたい。こんなにも惨めな気持ちは、産まれて初めてだ。
夢見る事すらできないくらい深い望みが、彼らにとっては有り触れた日常だった。
俺の気持ちが分かるか?
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