その場所に着くや否や、緋勇と蓬莱寺が走り出した。醍醐はそれを追わずに立ちはだかり、向かってきた管狐に重たい蹴りを叩き込んだ。桜井が透かさず矢を放ち、憐れな異形を塵に返す。絶妙なコンビネーションに満足して、醍醐と桜井が目配せして笑った。
無茶しないで、と、早々に闇に紛れた二人に向かって美里が叫ぶ。しかし早くも攻撃を開始している二人の耳に届いたかどうかは、定かではない。返事の代わりではないだろうが威勢よく打撃音が響いているので、心配する必要はないと判断する。必要はなくとも、心配してしまうのが美里ではあるのだが。
二人が倒数を競って夕食を賭けているのだと、桜井は知っていた。ここに下りる途中で、蓬莱寺がわざわざ緋勇の耳元に顔を寄せて囁いていたのを聞いてしまったのだ。まったくあいつらは、と呟きながら、桜井はある決意を固めていた。
「醍醐クン!」
「おう」
「あいつらより先に、やっちゃおう!」
一瞬だけ虚を衝かれたように目を丸くして、醍醐はすぐに理解して頷いた。その後ろでは、美里が呆れて溜息をついている。優しい彼女には、きっと理解できないだろう。本当は彼女が正しいのだと、桜井は思っている。誰だって痛いのは嫌いだ。傷つけてしまえば後悔もする。だから、正しいのは彼女なのだ。
視界の端で、緋勇が跳躍した。憐れな異形を足場にして、信じられないほど高く跳ぶ。綺麗だと、桜井は思う。
緋勇の背中を見る度に、桜井は子供の頃に憧れたヒーローを思い出す。それが子供騙しの作り物だと、今ではもう知っている。でも忘れられないのだ。彼が傷ついてもなお戦ったのは、愛する人が住むこの地球を守る為だったのだ。ずっと憧れていた。大好きだった。あんな風になりたかった。毎日のように彼の必殺技を練習した。
そうして夢にまで見た特別な力を得た時、桜井は恐怖した。それが生き物を死に至らしめるものなのだと、桜井はその時に初めて知ったのだ。あの主人公も、こんな恐怖を感じたのだろうか。だとしたら自分は、ヒーローにはなれない。
矢を射る。蓬莱寺の木刀が接するより早く、放たれた矢が異形を貫いた。蓬莱寺の恨めしげな睨目に、胸を張って笑ってやる。緋勇が爪先を叩き込んだ異形にも、貫けと命じて矢を放つ。仕留めそこねたが、走り込んだ醍醐がとどめを掻っ攫った。こちらの思惑を察した緋勇が、眼差しを鋭くして氣を昂ぶらせた。
「おいてめーら!横取りしてんじゃねぇ!」
「悔しかったら先に倒してみろ!」
叫ぶ声に叫び返し、迫ってきた管狐から距離をとる。後退しながら矢をつがえたが、飛び込んできた緋勇がその勢いのまま回し蹴りを叩き込んだ。情けない声を上げて管狐が吹き飛ぶ。待ち構えていた蓬莱寺が、それに木刀を振り下ろす。魔物が消滅したのを確認してから、桜井を見て不適に笑った。
怪我しても知らないから、と美里が拗ねたように言う。彼女には分からないだろうと、桜井は心のどこかで優越すら感じる。ずっと女の子だった彼女には、きっと分からない。そして、分からないから自分と彼女は親友なのだ、とも思う。美里は清楚で優しくて穏やかで、もし自分もそうなら、きっとこんなにも好きになれなかった。
だから桜井は、誇らしく笑って美里に言った。
「怪我したらよろしく!」
「あ、俺も!」
便乗した蓬莱寺ともども睨まれた。しかしそれだけで許してしまう美里を見て、自分が甘やかされているのだと思い知る。同時に、当然のように許されている緋勇が、少しだけずるいと思う。
敵の懐に飛び込んで、拳で戦う緋勇を見る。彼と拳を合わせたという醍醐が羨ましい。どちらが強いか競い合える彼らが、とても羨ましい。
矢を射る事を、卑怯だとは思わない。一点を目指して脇目も振らずに飛んでゆく矢は、自分自身だ。狙いを定め、放つ。空気抵抗、重力、距離、その他の全てを捉えて、ただひたむきに貫けと自分に命じる。射手は孤独だ。だからこそ自分に相応しいと、桜井は信じている。孤独を恐れる自分だからこそ、それでいいと。
「ひーちゃん!負けてるぞ!」
「お前に無駄な動きが多いからだ」
「お、仲間割れしてるぞ」
「チャンス!」
征服したいのではない。突き進みたいだけだ。この心と体がどこまで行けるのか、知りたいだけだ。
最後の一体に、桜井の矢が突き刺さる。蓬莱寺が悔しそうに顔を歪めた。緋勇も、憮然とした表情で目を逸らしている。醍醐が手の平を掲げた。それに自分の手の平を打ちつけて、桜井は後ろで成り行きを見守っていた美里にも同じ手を差し出す。
「やったね葵!今日はひーちゃんと京一の奢りだよ!」
「ちょっと待て!なんでだ!」
「だってボクらの勝ちだもん」
緋勇の背中を見る度に、桜井は子供の頃に憧れたヒーローを思い出す。今でも彼を思い出すと、胸が熱くなる。彼のように強くなりたいと、愛する人を守りたいと、心臓が脈打つ。そして、同じだけ恐怖する。
強いという事は、即ち上手に殺せるという事だ。ためらいなく心臓を刺せるという事だ。そんな行為は、きっと正しくない。だから桜井は、恐怖を抱えたまま行こうと思った。この心は彼ほど強くないから、ヒーローにはなれないだろう。それでも、しょうがないわねと言って困ったように笑ってくれる人がいる。
ヒーローにはなれないけれど、彼女が隣で笑ってくれるのならば、きっとどこまでも行ける。
そう信じた。
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