銀色の翼は見えない空に飛び立つ

 今日も手紙を書いた。届くあてはないが、だからといってそれが届かないという確証にはならない。89通目の手紙を折りたたんで、花の世話をしようと立ち上がる。
 今日は、会えるだろうか。一日の始まりにそんな事を考えて、一日の終わりに失望する。
 ピンク色のワンピースを着る。それが約束だから。約束の日が、今日でないとは限らない。あの人は、意外と可愛らしいものが好き。否、意外ではない。あの人は無骨で真直ぐで、だから柔らかくてたおやかなものが好き。誰だって、自分にないものに憧れる。だけど、それを素直に認められない人もいる。自分は持っていないのだと認めるのは、時々とても難しい。あの人は、わたしを真直ぐに見詰めた。
 空は、今でも怖い。

 土に膝を付いて、雑草を抜く。無造作に花を踏もうとしたあの人を、わたしは何度となく叱った。
 いつだったか、あの人が言った。戦っている時、わたしを思い出すのだと。同時に、この小さな花畑を思い出すのだと。そうすると、力が湧いてくる。自分はまだ戦えると、強く感じる。そう言って、あの人はまぶしく笑った。空のようだと、わたしは思った。

 ずっと黙り込んでいた銀色の翼を持つ獣が、不意に身じろいだ。
 この子もきっと、あの人が好きなのだろう。早く帰ってこないかな。何度もそう言って、二人で寂しく夜を過ごした。壊れてしまったワゴンは、まだ直らない。この子がいなかったら、わたしはきっと泣いていただろう。
 銀色の翼が、大きな音を立ててひるがえった。孤独な瞳が、見えない空を映す。わたしは嫉妬した。あの人の所へ飛んで行けるこの子が、とても羨ましい。真直ぐに空を目指す翼が、わたしにも欲しい。

 銀色の獣が飛び立つ寸前、わたしは手紙を託した。届くあてのない手紙を、どうか届けて。疑いもせずに願った。わたしは飛べないから、あなたが届けて。
 わたしには、空は広すぎる。果てしないのが怖くて、見上げる事さえ恐ろしい。ずっとそう思っていた。
 ひとつはばたき、銀色の獣が飛び立つ。迷いもせずに見えない空を目指す。ここから空は見えないのに、わたしにはその向かう先が見えた。あの人が戦っているのが分かった。あの人が、この小さな花畑を思い出している。

 飛び去った獣を見送って、見えない空を見上げた。
 果てがないのなら、どこまでもゆける。













親愛なる英雄へ

 悔しかっただろう。
 もっと生きていたかっただろう。
 生きて、あの人に会いたかっただろう。
 花を育てるあの人の隣で、笑っていたかっただろう。

 託されたのは、誇らしかった。でもそれはきっと、俺だったから、ではない。たまたま俺がそこにいたから、だ。心を残して倒れたあいつの傍に、俺が偶然いたから。
 友達だった。強くて優しいあいつに、ずっと憧れていた。役に立てたら嬉しかった。髪を撫でられるのは、子供扱いされているようで少しだけ嫌いだったけど。あいつが笑ってくれると、俺も笑えた。

 剣を渡された。大きくて分厚くて、重たい剣。あまり使わないのは、惜しいからだと言っていた。これは大切な物だから、いつか本当に必要になる時まで大切にするのだと。俺には、正直よく分からなかった。

 託されたものを思う。あいつのぶんまで、生きなければ。あいつがやり遂げたかった事、叶わずに終わった夢、残していった心、それを抱いて歩いてゆけと。この命、この体、この心、あいつに貰ったものばかりでできている。俺自身が、俺のものではなくなってしまった。

 では、この俺は?
 ここであいつを思う、この心は誰のものだ?