隧道の先に光りが見えた。暗視ゴーグル越しに見えるわずかな光りに、見出した希望に向かうような心境で這い進む。どうにか到達した光りは、間違いなく陽光だった。 暗視ゴーグルを胸元に下げて、手持ちの火薬を確認する。不測の事態に備えたとしても、まだ余裕がありそうだ。少量を可塑性物質に練り込み、導火線をセットして火を点ける。 少し離れた場所から小さく灯る火を見ていると、なんだか不思議な気持ちになった。鼻の奥が痛むような、息が詰まるような、どうとも表現しがたい気持ちだ。表現する術を持たず、また表現する必要もなかったので、気にせず着火を待つ。 爆破によって穿たれた穴から、くらむほどの光りがあふれてきた。間違いない、陽光だ。地上だ。およそ95時間ぶりの空だ。闇に慣れた目が痛んだように錯覚して、あわてて手で顔を覆う。 尖った岩肌をよじ登り、重たい荷物を引きずり上げ、泥に伏す。もう目は慣れていたが何度か瞬き、息を吸って、吐く。 手をのばせば届きそうな位置に、小さな薄紫色の花が揺れていた。 ああそうか、彼を思い出したのだと、ひどく緩慢に理解する。 闇に浮かぶ小さな赤い火が、彼の居場所を教えてくれた。あふれた記憶が流れ出る。陽光にくらんだ視界に、夜の景色を幻視する。恐怖と恍惚と後悔と焦燥と、その他の名状しがたい感情が胸を叩く。 しばし穏やかな記憶の波に揺られ、やがて凪いでゆく心臓の音に耳を澄ます。 元気でいるといい。つまらない愚痴をこぼしたり、些細な幸福に微笑んだり、時にはあの頃を思い出してみたり、そんな風に、生きていてくれたら、それでいい。 本当に、そのように思えたのだ。諦観とは似て非なる、まるで安寧のようだった。 H.A.N.Tが鳴った。現実に引き戻されたような気分で、泥から身を起こす。荷物を背負い、歩き出した。まずは今夜の寝床を確保しなければ。 提出されたサンプルのデータを以前のデータと統合し、比較して矛盾がないか確認する。退屈な作業だ。冷めたコーヒーを口に含み、つぶやきとともに飲み込んだ。 一通りのチェックを終えて、今日は何(カレー)を食べようかと考えながら立ち上がる。真っ先に向かったのは喫煙室だ。合法的な嗜好品なのに、どうしてこんなにも隅に追いやられて肩身の狭い思いをしなければならないのか。向かう先すら漠とした不満を脳内でもてあそびつつ、ラークに火を点ける。 ぼんやりと天井を見上げながら煙を吐き出していると、浮遊するような眠気がゆったりと満ちてゆくのを感じた。今日は早く帰ってとっとと寝よう。心に決めて喫煙所を出た。 PCをシャットダウンしようとしたまさにその瞬間、メッセージの受信を知らせる音が聞こえた。溜息をつき、メッセージを表示する。新しいサンプルが無事に届いたらしい。そうか、それはよかった。今夜はチキンカレーにしよう。返信は明日だ。 明日が来るのだと疑いもしない自分に、不思議な気分になった。 ロゼッタ協会への報告を終えて、銃のメンテナンスに取り掛かった。解体して、汚れをふき取って、油を塗って、組み立てる。この作業は、わりと好きだ。無心に手を動かしていると、ふと記憶が浮かんだ。 黄昏の帰り道、穴の底から見上げた夜空、昼下がりの屋上、そんなたわいもない映像が、脈絡もなく、浮かんでは消える。どの映像にも、彼がいた。 彼は今、どうしているのだろう。カレーの事でも考えているといい。祈るような心持ちで思う。どうか幸せに、などと柄にもない事を考えている自分が、どうにも滑稽だった。 最後のボルトを締めて、道具の手入れは終わり。次の仕事も、まだ決まっていない。やる事がなくなってしまった。手持無沙汰にH.A.N.Tを起動して、すぐに閉じる。なんだかもうすぐ死ぬみたいだ。 彼には、自分の死を知る術がない。それならば、何も心配する事はない。高校時代の奇妙な転校生の事を、今でも友人だと思っていてくれたら、それでいい。もう会う事はないだろうと思うと、少しだけ、ほんの少しだけ寂しいと感じるのを、許してほしい。 眠りに落ちる数秒で、そんな事を考えた。 たとえば、敷地内の遺跡で友人が重傷を負うとか、そんな事は今日も起こらなかった。受信したメッセージを確認し、適切な言葉でそれに返信し、送られてきたサンプルの保存方法を指示し、データを管理しやすいように整理する。 銃撃も爆発もない。祈りも嘆きもない。哀切も慟哭もない。罵声も悲鳴もない。ただ無機質なメッセージと、貴重なサンプルデータだけが、周囲に降り積もっては消えてゆく。 隠しもせずに大きなあくびをしたら、同僚が笑いながら言った。 「ミナカミ、そろそろ現場に戻りたくなった?」 「いや、こっちの方が平和でいい」 目元をぬぐいながらそう返すと、同僚は更に笑みを深くして「嘘ばっかり」とうそぶいた。嘘ではないのだが、たしかに退屈ではある。それに、勘が鈍るのも心配だ。 「まあ、しばらくはここにいるさ」 「戻る気はあるのね?」 「バディの申請でもあれば、考えてやらない事もない」 片頬だけで微笑んで見せると、同僚が大げさに肩をすくめた。悪い人ねとささやいた顔は、さも愉快そうに輝いている。あんたもな、とは、言わないでおいた。 軽やかな音が、メッセージの受信を告げた。採取された遺跡のデータが、また送られてきたようだ。およそ95時間に及ぶ探索の成果が、簡潔につづられている。仕事熱心だな、と口中でつぶやき、皆守は冷めたコーヒーをすすった。 |