御門が言うには、《宝探し屋》を自称する二人の男が禁足地に立ち入り、そこに封印されていた怨霊を目覚めさせてしまったらしい。二人の男は封印の要石の一部を奪って逃走しており、村雨がその捜索を任ぜられた。緋勇と蓬莱寺は、解き放たれた怨霊の処理を依頼された。
そんな訳で一昼夜にわたって鬼とリアル鬼ごっこをするはめになったのだ。そのような事情で、とにかく緋勇と蓬莱寺は疲れており、徹夜明けの一日の夕刻、ようやく布団に辿り着いたのである。
泥のように緩慢な眠りを、軽やかに叩き壊す物音がした。先に気付いたのは緋勇だ。寒いのかなんなのか、しがみ付いて離れない蓬莱寺を引き剥がそうとして失敗して、仕方なく間接をひねってその手を外させ、上がった悲鳴に顔をしかめながら音の出所に歩み寄る。
音の出所、つまりドアを開けると、「ほらやっぱり!」と得意げな声がまず飛んできた。続けて、急の来訪を詫びる声、久闊を叙する喜びの声。懐かしいと表現するにはあまりに近い過去の記憶とまったく同じ姿で、かつての級友たちが並んでいた。
「ほら、やっぱり京一はひーちゃんとこだった!」
「桜井ちゃん、それ当てても自慢にはならないわよ」
「元気そうね、二人とも」
「京一はともかく、龍麻まで寝てたのか」
背後で蓬莱寺が後ずさりしたのが、気配で察せられた。
いかにも眠り足りないと全身で主張する蓬莱寺をおいて、唐突にやって来た客たちは好き勝手に居間に座り込み、手に提げていた荷物を広げだした。荷物の大半は食料品である。
桜井がさも大切そうに捧げ持っていたのは、蜜柑のタルトだった。プレゼントと称しておきながら、自分の好む物を選択したのだろう。クリームが崩れないよう慎重に箱から取り出している。
遠野も、なんだか高級そうなワインを注ぐグラスを探していたが発見できなかったようで、「そんな事だろうと思ってたけどね」などと言いながら持参したグラスの包みを開けている。
美里と醍醐は、勝手にキッチンで何やら火にかけ始めた。蓬莱寺は、何も言わずに再び布団に潜った。部屋の主である緋勇は、隅に追いやられてぼんやりとしている。
一通りの準備を整え、桜井が布団に蹴りを入れた。
「京一、起きろ!」
「なに潜ってんのよ、あんたの誕生日パーティなのよ?」
「今日って何日だっけ?」
「まあいっか、おめでとー!」
「美里ちゃん、それなに?」
「シチューを作ってきたの」
「あ、醍醐クンのもおいしそう、食べていい?」
「俺のは出来合いなんだがな」
「俺の誕生日パーティじゃねーのかよ!」
「だってあんた、眠いんでしょ?」
「うるせぇ、食うよ」
一連のやり取りをじっと観察していた緋勇が、やっと腑に落ちた顔をした。友人の誕生日を祝う為に、彼女たちは集まってくれたのだ。相棒が慕われていると、なんだか誇らしいような気分になる。壁際にいた緋勇は、誰にも知られずほんの少しだけ微笑んだ。
ひとしきり食べて飲んで騒いで、寒かったので蓬莱寺が脱ぐ事もなく、程なくして宴は収束した。
散らかしたごみを丁寧に掃除しながら、美里がまたしても急な来訪を詫びる。迷惑でないとは言わないが、それでも嬉しくない訳でもなかったのだと、ひどく迂遠に表現した蓬莱寺の分かりづらい言葉を過たず正確に理解して、美里は面映そうに再会の約束をねだった。
それに頷く蓬莱寺の横顔を見るともなしに眺め、緋勇はやはり誰にも気付かれないほど小さく微笑んでいた。
ほろ酔いのまま後片付けを終えて、赤い顔をして部屋を出ようとした桜井がまず歓声を上げた。つられて桜井の肩越しに外を見ると、いつの間にか音もなく世界が色を変えていた。
「雪だよ!」
「あら本当、電車は大丈夫かしら」
桜井が積もった雪をすくい上げる。今にも雪合戦が始まりそうな気配を察して、美里が素早く帰宅を提言した。この辺りの当意即妙ぶりは、彼女らの付き合いの長さを物語っていて実に微笑ましい、と緋勇は思っている。口には出さないが。
結局、疲れたと言いつつも本当は雪を踏みたくて仕方ない蓬莱寺の発案で、駅まで送る事となった。
別れた改札口で、蓬莱寺が大きな欠伸をしてから「嵐が去ったって感じだな」と呟いた。ほっとしたような、取り残されたような、どうとも表現しがたい心地で、緋勇と蓬莱寺が同時に溜息をつく。
喧騒の直後の二人きりは、しんと冷えているのに、どこか柔らかい。雪の降る夜とよく似ている。ひらひらと際限なく落ちてくる雪を見上げながら、緋勇は並んで歩く蓬莱寺の気配に耳を澄ました。
集まって騒ぐ口実にされてるだけって気もするけどな。苦笑する蓬莱寺が実のところ本当に喜んでいるのだと知っている緋勇は、肯定も否定もせずに肩をすくめた。愛されて、慕われて、彼はずっと生きてきた。きっとこれからも、多くの人が彼を愛するのだろう。
ポケットに両手を突っ込んだまま、言葉少なに雪を踏む。足跡にも白が降り注ぎ、二人が歩いた証拠を消してゆく。
不意に名を呼ばれ、緋勇が顔を上げた。
「お前はおめでとうって言ってくんねーの?」
「もう言われただろう」
「ひーちゃんはまだ言ってねーだろ」
不満げに言う蓬莱寺から目を逸らす。全てを手に入れて当然だと考えているのだろうか。こんなにも多くの祝福を得て、まだ足りないというのか。
胸中に浮かぶ言葉を苦く噛み潰していたら、耳に熱が触れた。思わず息を止める。熱が「たつま」と声になり、ようやく異常に接近した蓬莱寺に気付く。慌てて身を引いたが、少し遅かったようだ。
ただひとつが欲しいのだと告げる唇は、冷たくて柔らかかった。
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